2017年11月23日

瀬戸内行脚(その3)


伯方・大島大橋を渡って大島へ入ってからは、しだいにピッチを上げていきます。往路では、上りも下りも手こずった斜度10%の坂道を、勢いよく駆け上がり、そして駆け下りていきました。

上り坂.jpg

もうコースミスは許されません。このあとしばらくは往路を逆にたどるだけですが、来島海峡大橋を渡り四国へ入ったところでは、往路と異なり、西側の海岸線に沿って走ることになります。「そこで絶対にコースを間違えることのないよう、気をつけて行かなければ」と、このとき考えていました。
しかしいま振り返ると、「そこまでは間違えるはずがない」という油断が、心のどこかにあったに違いありません。
往路でコースミスをしたバラ園のところで左折し、さらに数百メートル進んだところでもう一度左折しました。ここを少し進んだところにある交差点を右折してから、大きな道路へ入って南進するはずでした。しかし、それらしい交差点は、なかなか見えてきません。「もうすぐだろう」と、右折する交差点が現れることを期待しながら走っていました。
コースはしだいに上り勾配になってきましたが、脚に掛かる負荷を心地よく感じながら、さらにピッチを上げていく私でした。
「それにしても、おかしい。さっき左折した交差点からかなり来ているのに、まだ右折するはずの交差点が見えないのは、なんだかおかしい」・・・そう思いはじめたころ、路傍に地図表示があったので、これを覗き込んで現在地を確認しました。すると、なんと全くの勘違い。しばらく前の交差点で左折するのではなく、そこを右折して南進しなければいかなかったのです。
間違えてから、すでに2キロ以上来ていました。踵を返し、焦りにも後押しされながら、全力疾走で、方角を間違えていた交差点へ帰ってきました。この間のロスは約40分。それまでの2回の道迷いと違い、地図を確認してさえいれば間違えようがない、いわば「思い込み」による自滅的なミス。情けなさも加わり、ショックに打ちのめされた私です。
そして、ようやく来島海峡大橋が見えたころには、朝方の好調な走りはすっかり影を潜め、身心共に疲れ果てたランナーに成り下がっていました。

来島海峡大橋(帰路).jpg

5キロほどある大橋では、ほとんど走ることができませんでした。いや、この間も気持ちは走っているのですが、体がついていきません。歩いている人のペースと、さほど違わないくらいのスピードしか出ていなかったのです。
そんなとき、一人のランナーがすごい勢いで私を抜いていきました。この位置にいてあのスピードで走るのは、たぶん私より2時間もしくは5時間後にレイトスタートしたランナーなのでしょう。私はその背中を呆然と見送っていました。

抜いて行くランナー.jpg

来島海峡大橋を渡り切ったところにある173キロ地点の糸山公園エイドへの到着が、午前10時55分。ビリから2番目の到着でした。

エイド.jpg

カップ麺を食べたりしてゆっくり休憩しているうちに、最終ランナーも入ってきました。ほぼ同時にここを出ましたが、このあとのコースに自信のなかった私は、ナンバーカードに「愛媛県」とあったこのランナーに、付いて行くことにしました。彼は、昨年も参加したものの、途中リタイアしたためこのあたりは通っていないとのこと。それでも地元ランナーなので、とても頼りになりました。彼がいなかったら、このあと海岸線に出るまでの街中の分かりにくい部分をまったく間違えずに行くことは、おそらくできなかったと思います。

愛媛のランナー.jpg 

しかし、海岸線が見えてくるころには彼のペースに付いて行けなくなり、本当に最後のランナーになってしまいました。走る力はすでになく、走る格好はしていても、歩きのペースと変わりません。
『松山 42Km』の道路標識を見たのが午後1時50分。ゴール関門は一応午後7時ですが、要項に「2時間延長可能」とあったので、実質的には午後9時まではゴールが設置されているはずです。フル1本の距離を残り7時間なら、ゆっくりでも走ってさえいれば間に合います。しかし、ほぼ歩きになっているこの時の状態では、ゴールはおぼつかないように思いました。いつになく弱気になった私は、あと7時間もあがく気力を無くしかけていました。


松山42キロ.jpg

そのとき、私の脇を「さくら道国際ネイチャーラン」の参加賞であるピンク色のキャップを冠ったランナーが、早歩きですり抜けていきました。この日の午前7時に今治からスタートし、瀬戸内行脚の約半分の100キロを走る「伊予灘行脚」に参加しているランナーの一人です。しばらくこれに付き、話をしながら進みました。
この人が、ウルトラランナーの間で名高いOさんだったことは後で知ったのですが、彼は、「最近は腰が痛く、222キロの瀬戸内行脚は無理だと思ったので、伊予灘行脚にした。もう走れないが、ここで諦めたら絶対に後悔すると思うので、なんとかゴールを目指す」と言っていました。お年を聞いたら、私より10歳上とのこと。「この人がこんなに頑張っているのだから、私も続かなければ」と思ったものです。
しかし、Oさんの歩きのスピードはかなり早く、時々走りを入れながら頑張りましたが、少し気を抜いた間に引き離されてしまいました。

Oさん.jpg

すでに全身の力をすべて使い果たし、歩くのさえつらい状態でしたが、その原因は単に“トレーニング不足”の一言に尽きます。それは初めから分かっていたはずなのに、「なんとかなるさ」と思い込もうとしていました。しかし、自分の頭はごまかせても、鍛えていない脚を騙すことはできなかったのです。
「罰だ!」・・・とつぶやき、足の裏を地面に叩き付けるようにして、また走りはじめました。一歩踏み出すごとにしびれるような痛みを感じましたが、「罰だ、罰だ、罰だ・・・」と自分に向かって罵りの言葉を投げつけながら走り続けます。そのうちに脚全体が麻痺していくような感覚になってきて、気がつけばいつの間にか、とぼとぼと歩いている自分がいました。
瀬戸内海に夕陽が沈む直前の午後5時前、『松山 28Km』の標識が目に入りました。この14キロを進むのに3時間も要しています。同じペースなら、ゴールまでまだ6時間もかかります。延長されたゴール関門の午後9時にも、とうてい間に合いません。それにそもそも、あと6時間歩ける体力と気力がもはや無し。6キロ先にある200キロ地点のエイドである「道の駅ふわり」でリタイアすることを決めました。

松山28キロ.jpg

そして、午後6時47分にこのエイドへ到着した私は、少し遅れてここへ入り同じようにリタイアを宣言した伊予灘行脚のランナー2人とともに、ゴール地点へ車で送ってもらいました。エイドでは、座っていたパイプ椅子から自力で立ち上がることができず、スタッフとランナーの肩を借りてようやく車に乗り込むという、情けない私でありました。

エイド(200キロ地点).jpg

その後、ホテルで汗を流してから懇親会場へ行きました。貸し切られた居酒屋は、60人ほどのランナーとスタッフでごった返しており、完走者へ一人ひとり完走証が渡されているところでした。完走者の中には、180キロ地点あたりで私を追い抜いていったOさんもいました。私には見習うことができなかったその根性には、心から感服します。

居酒屋.jpg

そして今さらながら、「超ウルトラは、気持ちだけでは走れない」という当たり前の事実を思い知らされました。出直しです。一から出直しです。


(私の記録)

タイム 200キロ地点でリタイア(35時間47分・自己計測)
順 位 未公表
完走率 未公表






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ラベル:超ウルトラ
posted by との at 14:03| 鳥取 ☁| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

瀬戸内行脚(その2)


ところで、この大会ではコース上にルートの案内がないので、もらったコース図を頼りに進まなければいけません。しかし間違えやすいところも多く、不安に思うことがたびたびです。ボリュームゾーンに入っているうちは、周囲のランナーの動きに合わせていればよかったのですが、来島海峡を渡って大島へ入ったあたりから、前後にランナーの姿が見えない時間が多くなりました。どうやらその時点で、私は後ろから5番目あたりを走っていたようです。
そして約90キロ地点の「よしうみバラ園」のところで、最初の道迷い。右折すべきところを、直進してしまったのです。しかもここでは、立ち止まって地図見ていた女性ランナーを、「こっちだと思いますよ」と巻き込んでしまってのコースミス。10分ほどのロスですんだものの、ほんとうに悪いことをしました。少しへこみましたが、気を取り直して、大島の西岸をたどりながら北進していきます。

念仏山.jpg

伯方・大島大橋にさしかかった時は、すでに日暮れが近づいていました。

伯方・大島大橋.jpg

これを渡り、84キロ地点となる伯方エイドに到着したのが、午後4時50分。アップダウンが多いコースなので、スタート後10時間で84キロは決して悪いタイムではないのですが、着順を聞いたところ、なんと後ろから4番目。参加者のレベルの高さを思い知らされるとともに、今はこれに並ぶ力がない自分に焦りを覚えました。

伯方エイド.jpg

そしてこの後は、夜間走へ入っていきます。伯方島を反時計回りにほぼ一周した後、大三島橋を渡っていきました。

夜間走.jpg

しまなみ海道で最も大きな大三島の縁を、左回りでたどってから帰路につくのですが、なにせこの島はでかい。しかもこの間、エイドもコンビニもない区間が20キロほど続くという過酷さです。相変わらず前後にランナーの姿は見えない時間が大半で、疲労と眠気のため、走れない時間が多くなってきました。
そんなとき、またもや痛恨のコースミス。この大会のルートは、基本的にサイクリングロートをたどっているようなので、それに沿って進むようにしていました。いつしかサイクリングロードが急な上りになり、どんどん標高を上げていきました。なんの迷いもなくこれを進んでいったところ、だいぶ行ったところで、200か300メートルくらい左下に、大きな道路に沿って長く続く照明と、集落の明かり。「あんなところに集落があるんだなあ」と思いながら、これを見ていました。
ピークを越え、急な下り坂をだいぶ進んでから、さきほど眼下に見た大きな道路と合流しました。そのとき、その道路を左手から走ってくるランナーの姿が見えたのです。「どうしてあっちから来るのだろう?」と、不思議に思いながらこのランナーの到着を待ちます。彼は近づいてくると、驚いたような顔で私を見ました。どちらも自分がたどってきたコースが正しいと思っていたのですが、話してみると、彼が来たコースの方が正解だったようです。なんと私は、無駄な距離と標高を稼ぎながら、気づかないままコースミスをしていたのです。この時のロスは、たぶん15分くらいだったと思います。
こうして117キロの大島エイドに着いたのが、日付が変わった5日(日)の午前1時15分でした。そして、私のすぐ後にここに入ってきたランナーもスタッフに、「さっき、コースを間違えて山の方のサイクリングロードに入ってしまいました」と話したので、「私もです!」と、思わずリアクションしていました。

大島エイド.jpg

この後もピッチは上がらず、もたもたした走りと歩きを繰り返しながら、ようやく148キロ地点の伯方エイドに入ったのが午前5時42分。それでも、夜明けとともに睡魔から解放され、気力も回復してきました。私は、朝日を受けはじめた伯方・大島大橋を見ながら「さあ行くぞ」とつぶやき、自分に喝を入れました。

夜明けの伯方・大島大橋.jpg


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ラベル:超ウルトラ
posted by との at 05:41| 鳥取 ☁| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする