2018年07月19日

アンドラウルトラトレイル(その2:スタートからArcalisまで)

スタートは6日(金)の午前7時でした。直前に打ち上げられた花火で、気持ちは高ぶります。

スタート(6日17-00).jpg

私はラッシュを嫌って比較的前の方に位置をとっていましたが、出走は400人ほどなのでさほど混み合うことはなく、スムーズに出て行くことができました。レースの制限時間は62時間、つまり2日後の午後9時までに、ピレネー山脈の山々を反時計回りに一周し、ゴールへ帰ってこなければなりません。
まずは、標高1300mほどのオルディノからアップダウンを繰り返しながら、17キロ地点で標高2,532mのCollada Ferrerolesを目指します。
2キロほど走るとトレイルへ入りますが、はじめは石や岩の混じるガラ道でした。

トレイルへ.jpg

そのうちに森であったり、

森の中を走る(6日8-41).jpg

緑であったりと、いい雰囲気になってきます。


緑の森を走る(6日8-59).jpg

しかしこのあたりまでは、日本のトレイルコースとさほど変わらない感じだったのですが、2時間ほど走って森を抜けたところで、その光景が一変しました。
行く手に広がる雄大な山々と、眩しい日射し。

景色が変わる(6日9-23).jpg

振り返ると、背後にも高い山の壁がありました。ピレネー山脈の真っただ中にいることを実感します。

振り向けばこの風景(6日9-24).jpg

しだいに標高を上げてきたので、雪渓も見られるようになりました。

雪渓が見えだす.jpg

コースがはっきりと認識できないところもあるので、目印の赤いフラッグを見落とさないように進んでいきます。

目印は赤いフラッグ(6日9-46).jpg

荒々しい岩場が、突然現れることもありました。。

岩場を越える(6日10-00).jpg

それにしても、日射しが強い。

日射しが強い.jpg

きつい斜面を、慎重にトラバースする区間にさしかかります。この辺りから下り基調に入っていったと記憶しています。

トラバースしていく(6日10-38).jpg

山肌に貼り付くパッチワークのような雪渓の見事さには、思わずため息がでそうでした。


山と雪渓(6日10-53).jpg

その雪が融けたものでしょう。小さな川が大地を断ち割り、流れをつくっています。水をボトルですくって飲んでみたら、石灰っぽい味がしました。

雪融け水が流れる(6日10-59).jpg

この後も、足元の緑や遠くの山々の風景など、まるで絵画のようなの美しさです。


雄大すぎる風景(6日11-06).jpg

21キロ地点のSortenyエイドへの到着は、午前11時29分。

実は私は、前年のランナーの記録を参考に、各エイドへの到着時刻の目安を一応作っていました。私の場合は完走できたとしてもかなり際どいタイムだろうと思っていたので、ゴール関門時刻であるスタート2日後の午後9時のわずか15分前にゴールするという、ギリギリペースのシュミレーションです。

それによれば、このエイドへの到着は11時40分という想定だったので、11分ほど早く来ていることになります。しかし、想定はあくまでも時間内完走ギリギリの時間なので、本当はこれよりも30分か1時間は余裕をもって進みたいとは思っていました。

第1エイドのRefugi Sorteny(6日11;29).jpg

この後コースは再び登りに転じ、標高2,508mのPortell Rialbへ向かっていきます。
その間には、高山植物の脇を駆け抜け、

高山植物(6日12-24).jpg

絶景、

絶景(6日12-37).jpg

そして絶景。

絶景2(6日13-38).jpg

雪上のトラバース、

雪上のトラバース.jpg

さらには放牧された馬の群れの横を通るなど、五感で感じるすべてのものが大きな感動を伴うものでした。

馬の群れに出会う.jpg

「アンドラへ来て本当によかった。もちろん完走はしたいが、仮にそれができなかったとしても、このレースに出た意義はすでに十分ある」と、心からそう思いました。
そして、第2エイドのArcalisへ着いたのが15時37分。想定を15時16分としていたので、20分ほど遅れています。ここまでに、不安だった膝には問題がありませんでしたが、序盤からなぜか疲労感が強く、特に下りの場面での走りが冴えなかったという自覚はあります。「それにしても遅い」と、無性に焦りを感じました。

第2エイドのArcalis(6日15-37・31キロ).jpg


(つづく)


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posted by との at 23:36| 鳥取 ☀| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月16日

アンドラウルトラトレイル(その1:スタートまで)




7月6日から8日にかけ、ピレネー山脈にあるアンドラ公国で開催された「アンドラウルトラトレイル」に参加してきました。
種目はRonda dels Cims(ロンダデルシム)で、総距離170キロ。私の場合、いわゆる100マイルレースはUTMFを3回、UTMBを1回完走していますが、この大会の場合は累積標高差が13,500メートルもあり、今まで出たどのレースより過酷なものになることは、十分予想されたところです。

[高低図]
高低図.jpg

一人では参加する勇気がわかなかったと思いますが、この大会へ昨年までに3回連続で出場している福岡のKさんが、今年も九州の仲間達を誘って参加することを知っていたので、ちゃっかりとこれに混じって冒険の旅に出たというものです。

[Kさんと九州の仲間たち]
Kさんと九州の仲間たち.jpg

しかし「案の定」というか、「それみたことか」というべきか、50キロを過ぎたあたりから走れなくなり、74キロの関門に2時間も遅れてあえなくタイムアウト。面目ない結果に終わりました。
とはいえ、躍る心でオルディノからスタートし、その後2,000から3,000メートル級の山々を7つか8つ超えていく1日半の間に目にした様々なシーンは、私にとって何ものにも代え難い宝物になったことは間違いありません。



ピレネーの山々.jpg



ところで、決して完走できなかった言い訳にするつもりではありませんが、ここで膝のことを記しておきます。
実はこの2年あまり、私は膝の故障に悩まされてきました。始めは一昨年の2月に右膝を痛めましたが、ヒアルロン酸の注射と電気リハビリ、ストレッチと筋トレ、さらにはフォームの改良により、1年あまりでこれをほぼ克服しました。
ところが、右膝が良くなってしばらくした昨年6月に、今度は左膝が同じような症状になります。右膝を1年かけて治した経験から、これも必ず良くなると信じ、ヒアルロン酸の注射こそしませんでしたが、整形外科でのリハビリ及びストレッチと筋トレを継続しておこなってきました。そうしたところ、冬場に大事に過ごしたこともあり、この春にはかなり軽快したように感じていました。

ところが、5月中旬に比叡山であったトレイルの大会に出たところ、そのダメージが意外に大きく、それから10日間はまともにトレーニングができないほどでした。またこれ以降、特に下りの階段では膝にぎくしゃく感が生じて、スムーズにこなすことができません。「下りも走れる脚でアンドラのスタートラインに立ちたい」と思った私は、かかりつけの医師に相談し、左膝へヒアルロン酸の注射を打ちはじめました。
またトレーンングは、膝への負担を減らすために固いロードのランを最小限にし、草地をメインにしたものに切り替えます。そしてトレーニングとしての大山登山も、本当は1日に3往復くらいをバリバリやりたいところでしたが、膝の様子を見ながら1往復か2往復で止め、下りは登りと同じくらいの時間をかけて一歩一歩、慎重に脚を降ろしていくようにしました。

こんな半端なトレーンングに不安が無いわけではありませんでしたが、細切れの練習でもトータルでは少なくない走行距離を踏んでいたので、自分としては一応の用意はできているつもりでした。ただ問題は、下りの場面で左膝に生じるぎくしゃく感と微妙な痛みをなくすことができるかどうかでした。
アンドラ直前の1ヵ月あまりをこうして大事に過ごしたものの、左膝の回復はなかなか進まず、レースには間に合いそうにないと思いはじめていました。ところがなんと、出国のわずか2日前の朝、自宅の玄関先の小さな階段を降りるときに、膝の違和感がないことに気づいたのです。私は、はやる気持ちを押さえながら出勤し、職場の建物の長い階段を何度か上り下りしてみました。すると、違和感も痛みも嘘のように消えていたのです。「念ずれば通ず」ということなのでしょうか、本当に不思議で奇跡としか言いようがありません。「これでアンドラのスタートラインに、気持ちよく立てる」と思った瞬間でした。

[この1年間はレースのたびに両膝をサポーターで保護していた(今回ではない)]
膝のサポーター.jpg

7月3日に、関空から香港を経由してスペインのバルセロナ空港へ飛び、ここから4時間ほどバスに揺られ、アンドラの首都のオルディノへ着きました。
ここは小さな街なので、中心部はさっさと歩けば15分ほどでひと回りできます。到着した4日と翌日の5日は、レースの受付けやドロップバッグを預けたりした他は、ぶらぶらと散歩をして過ごしました。
荘厳な雰囲気の教会があるのは、街の中心部。レースは2日後に、このすぐ横からスタートすることになります。

教会.jpg

街には小さな路地もたくさんあり、いずれもとてもきれいに保たれていました。


路地1.jpg

街中も緑豊か。

緑の庭.jpg

公園には子どもたちの歓声が響いています。



公園.jpg

レース前日の午後は、教会前のレストランに入り、屋外のテーブルで早めの夕食をとります。しばらく米が食べられないと思い、この時はパエリアをいただきました。

夕食のパエリア.jpg

食事を終えてホテルへ帰るとき、レース用に設置されたゲートでは、翌日に始まるレースに備え、ゴールするランナーを迎えるための絨毯を敷く作業がされているところでした。膝の調子は、相変わらずよし。自分も必ずここへ帰ってきて、この緑の絨毯を踏もうと心に誓ったものです。

ゴールの絨毯がひかれる.jpg


(つづく)


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posted by との at 15:03| 鳥取 ☀| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする