2015年06月14日

第21回鳥取城攻防懐古登山マラソン大会





6月7日(日)は、「鳥取城攻防懐古登山マラソン大会」に参加しました。


戦国時代、鳥取城を攻略しようとした秀吉は、因幡鳥取城とその支城である丸山城を包囲すると、無慈悲な兵糧攻めをおこないました。海上や河川を封鎖した「鳥取の渇え殺し(かつえごろし)」と言われる兵糧攻めにより、城番の吉川経家もついに音を上げ、城兵の開放を条件に切腹。城は陥落しました。


この兵糧攻めは、日本史上、まれに見る凄惨な生き地獄を現出したと言われています。
『信長公記』には、「餓鬼のごとく痩せ衰えたる男女、柵際へより、もだえこがれ、引き出し助け給へと叫び、叫喚の悲しみ、哀れなるありさま、目もあてられず」と記されています。
また、『豊鏡』ではその惨状を、「糧尽きて馬牛などを殺し食いしかども、それも程なく尽きぬれば餓死し、人の宍を食合へり・・・・子は親を食し、弟は兄を食し杯しける」とまで表現しています。あな恐ろしや。

主催者からそのような話があったわけではありませんが、たぶん、この壮絶な史実を懐古し、鳥取城攻めにゆかりのある三つの山、雁金山(140m)、久松山(264m)、本陣山(252m)の三峰を巡ろうというのが、大会の趣旨なのだろうと思います。

[鳥取城址と久松山]

鳥取城址と久松山2.jpg

ところで私は、2年前に地元紙の記事を見て偶然、この大会のことを知りました。主催は実行委員会となっていますが、運営の中心は地元の「久松山を考える会」と「久松地区公民館」のようで、マラソンやトレイルの関係団体がかかわっている気配はありません。
そのためか、すでに21回目になるというのに、この大会のことはランニング関係筋の情報網では、まったくノーマーク。専用のHPもなく、ネット上でも情報は非常に希薄です。
従って、県西部のラン友で、この大会のことを知っている人は、ほとんどないようです。私がこれに出ることを話した数名のランナーは、いずれも「なにそれ?」と聞き返したものです。

ということで、知る人ぞ知る、知らない人はまったく知らない鳥取城での攻防は、今年も30名あまりのランナーと、同じくらいの数のウォーカーのみという、もったいないほど少数精鋭の強者どもにより、粛々と行われたのであります。
とはいえコースは素晴らしく、スタッフの皆さんはとっても親切で、その熱意と厚意はひしひしと伝わってきます。はっきり言って、「鳥取城攻防懐古登山マラソン大会、サイコー!」でした。

運営は極めてシンプル。
たぶん、ここ久松地区公民館以外には掲示してないと思われるポスターは、手作りです。


手作りのポスター.jpg

ゼッケンも手書きで、しかも材質は紙。これでも、ゴールまでに取れたり融けてしまうことはなく、その役割をしっかりと果たしていました。

紙のゼッケン.jpg

さて、ここらで走りの方に話題を転じましょう。前置きが長過ぎたので、走りの顛末は簡潔にします。
スタートの合図は、戦国武将も使ったであろう、ほら貝の音。
私が走った長い方のアドベンチャーコース(11.9キロ)は右へ、雁金山をオミットした短い方の二峰コース(10.0キロ)は、左へ走り出します。それぞれ15人くらいが出走していました。

[ほら貝の合図でスタート]
ほら貝の合図でスタート.jpg

1キロあまりロードを走り、丸山から山道へ入ります。が、しかし、道らしい道ではなく、普段は人はもちろん、獣さえも通っている気配はありません。それでも、スタッフがこの大会のために木々につけてくださった赤いテープやリボンを目印に、道無き道を進んでいきます。それにしても、いきなり超ワイルドなトレイルコース。感動的でした。


[道なんてものじゃない]
道なんてものじゃない.jpg

雁金山の山頂から、市街地を一望する間の一瞬の休息を満喫しました。

[雁金山山頂から]
雁金山山頂から.jpg

再び入った山道は、ロープを伝ったり倒木をくぐったりと、これまたトレイルの醍醐味を味合わせてくれました。

[ロープをつたい倒木をくぐる]
ロープをつたい倒木をくぐる.jpg

スタートから47分後に、久松山山頂に到着。ここからは一気に市街地へ駆け下りていくものと一瞬、錯覚してしまいました。

[久松山山頂から下っていく]
久松山山頂から下っていく.jpg

でも、よく考えたらもう一つ、本陣山を残しています。ということで、ふたたび山道を下ったり上ったりしました。
なお、ここからのトレイルは前半とはうって変わり、整備された走りやすい、いわゆる「普通の山道」でした。

再び山道へ.jpg

本陣山からは、樗谿神社へ裏山、つまり裏口から入っていくことになります。この間の3キロあまりは、緑が木陰を作るなだらかな下りの舗装道路。下りが苦手な私でも、気持ちよく走ることができる程度の勾配でした。

[長い下り坂]
長い下り坂.jpg

樗谿神社の鳥居をくぐると、残1キロあまりは平坦な街路。前後にランナーの姿はなく、マイペースでゴールを目指します。

樗谿(おおちだに)神社の大鳥居.jpg

そうしてゴールした後は、噂に聞いていた美味しいスイカが待ち構えていました。私、5切れは食べたかな。

ゴールの後はスイカが旨い.jpg

こうして、すっかり満喫させてもらったこの大会ですが、会費も500円のワンコインというシンプルさだったことを付け加えておきます。
正直言って、これは人には決して教えたくない、掘り出しもの以上の大会です。


(私の記録)
タ イ ム 1時間39分18秒
部 門 順 位 未公表ですが 10位くらい/15人くらい(アドベンチャーコース・出走数)




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ラベル:トレイル
posted by との at 20:32| 鳥取 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月07日

だいせんRCリレーマラソン大会2015 



6月6日(土)は、所属する「だいせんRC」主催の「リレーマラソン大会」に参加しました。
この大会は、RCメンバーとその家族がタスキを繋ぎながら1周400メートルの「名和スポーツランド陸上競技場」を105周+半周し、42.195キロというフルマラソンの距離を走るものです。

例年は8月に行われているのですが、今年はなにか都合があったようで、初めて6月の開催となりました。私は近年、なにかとバッティングすることが多く、たぶん3年か4年振りの出場でした。


さて、会場へ行ってみて分かったのですが、今回の大会はなんと10回目。
なにか記念のセレモニーでもあるかもと思ったのですが、開会の行事もなく午後2時半頃になったら、「さあ、そろそろ始めるか」という会長さんの発声ではじまりました。身内っぽくて、いいなあ。

大人から大人へ2.jpg

さて、以前は20人から30人くらいの参加者があったのですが、今回はやけに少なく、ギャラリーも含め10数人。このうち、実際に走ったのは子どもから60代までの10人あまりでした。
走る順番や回数にルールはなく、あらかじめ106回の周回数と距離が記入してある大きな表に、それぞれ思い思いに自分の名前を書き入れていき、その順番がくるとタスキを引き継いで走ります。

一覧表.jpg

しかし、ランナーが少ないものだから、自分は走らない会長さんが時おり、本人の意思には関係なく書き入れていく場合もあります。抵抗する術はないので、みんな笑いながらそれに従っていました。

[ベンチの光景.]
ベンチの光景.jpg

ところで私の走りですが、思い切り走った1本目は90秒。しかも、「なんて苦しいんだ」というのが率直な感想でした。

2本目以降も、83秒、85秒、88秒、85秒とさえない走り。結局10回走ったのですが、6回から9回までは、すべて89秒。「ここまできて90秒台は出したくない」と、気力を込めて走った最後の1本は、なんとか87秒ということで、“おじさんの意地”を見せました。


若いランナーの中には、60秒台で走る人もちらほらあります。なかでも、箱根駅伝を走った住本クンは、この日のレコードとなる59秒をたたき出しました。さすがです。

子どもから大人へ2.jpg

最後の一周は、恒例により全員で走ります。この日の記録は2時間29分51秒と、初めてのサブ2.5で記録更新。「目出たしめでたし」とあいなりました。



[ゴールの光景]
ゴールの光景リレーマラソン.jpg



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posted by との at 21:56| 鳥取 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月04日

2015 えびす・だいこく100Kmマラソン



5月31日(日)は、「2015 えびす・だいこく100Kmマラソン」に参加し、美保関から出雲大社まで走ってきました。


美保関神社の鳥居前で行われた開会式では、5年くらい前にこの大会で知り合ったレオさんが、奥さんのヒロコさんと一緒に選手宣誓。なんと今回まで知らなかったのですが、2人が愛を深めたのは2年前のこの大会での“共走”がきっかけだったそうです。

[レオさんとヒロコさん]
レオさんと博子さん3.jpg

スタートは午前5時30分でした。数日前までは雨と予想されていたのに、実際は曇り空。しかも気温は暑からず寒からずと丁度よく、気持ちよくスタートが切れました。

しばらくは半島南側の海岸線を走り、境水道大橋が見えたらまもなく、半島を山越えして横断し、北側の海岸を目指します。

[遠方には境水道大橋が午前5時50分・約3キロ地点]
遠方には境水道大橋が午前5時50分・約3キロ地点).jpg

北側の海岸線では、時おりある漁港や集落のあたりでは、住民の皆さんが応援してくださいます。


[沿道の応援(約16キロ地点・午前7時5分)]
沿道の応援(約16キロ地点・午前7時5分).jpg

この大会のエイドは、とても充実していますが、特に23キロ地点の笠浦漁港のメニューは豊富で、ここに立ち寄るのは毎年とても楽しみです。味噌汁をいただいてからイカをぱくつき、バナナとオレンジ、さらにはスイカも一切れ食べました。
しかもこれで終わりではなく、「ごちそうさまでした」と言いながら、おにぎりをちょいと掴んでのリスタート。
だって先は長いのだから、序盤でしっかり食べておくことは、ウルトラランナーの鉄則なのです。

[笠浦エイド(約23キロ地点・午前7時41分)]
笠浦エイド(約23キロ地点・午前7時41分).jpg

半島北側の海岸線は、アップダウンが続くコースなので、40キロくらいからは次第にピッチが落ちてきます。それを見計らったように、島根原発がその姿を現してきます。
今年は、昨年まで山だったところがさらに切り開かれていました。現在は2基が停止中で、建設中の1基も含めて稼働していないのに、そのエリアは確実に拡大されつつあるようです。それを見て、気が重くなった私です。

[膨張する島根原発(約45キロ地点・午前10時7分)]
膨張する島根原発(約45キロ地点・午前10時7分).jpg

50キロ地点の通過タイムは、5時間10分。ここから70キロ地点くらいまでは厳しい上り下りが続くので、後半の落ち込みも織り込めば、ゴールタイムは12時間くらいになるものと予想しました。

50キロ地点(午前10時41分).jpg

走友の雅子姫はリレーの部に参加しており、途中で何度か出会いました。55キロ地点の鹿島エイドでも出会い、カメラを向けたらVサインを送ってくれました。




[雅子姫(右端)]
鹿島エイドで雅子姫(55キロ地点・午前).jpg


その後も厳しい坂道が続き、上りでは歩きを入れるランナーも多くなります。私は、上りでは頑張れますが、苦手な下りでは抜かれるといういつものパターンでした。


[歩くランナー(約59キロ地点・午前11時41分)]
歩くランナー2(約59キロ地点・午前11時41分).jpg

魚瀬海岸を過ぎ、再び島根半島を横断して山を越えた頃、日射しが急に強まりました。

日射しが強まる(約70キロ地点・午後1時14分).jpg

宍道湖畔に着いてからの残り25キロは、それまでとは打って変わって真っ平らなロード。これはこれで辛いところがあり、「我慢の終盤」ということになります。

[宍道湖畔(約77キロ地点・午後2時6分)]
宍道湖畔(約77キロ地点・午後2時6分).jpg

宍道湖に別れを告げ、平田を走っていたら一反木綿のナンバ師匠が「やっぱりとのさんかぁ、お疲れ〜」と言いながら、スイスイと追い抜いていきました。そういえば、3月の鳥取マラソンと5月の萩往還でも同じ展開だったなあ。さすがに妖怪パワーです。とても太刀打ちできません。

一反木綿のナンバさん(約83キロ地点・午後2時47分).jpg

85キロ地点に来たのは、午後3時8分。スタート後、9時間38分でした。ゴールの12時間切りは確実です。うまくいけば11時間半を切るかもしれないと思い、それからは、タイムを意識しながら走りました。

残り15キロだ(85キロ地点・午後3時8分).jpg


出雲の街中に入ってからはさらにピッチをあげ、午後5時より少しだけ早くゴールの出雲大社交通広場へ入っていきました。

ゴールの光景.jpg

(私の記録)
タ イ ム 11時間25分51秒
総合順位 138位/523人(男女/出走数)
部門順位 124位/449人(男子/出走数)
完 走 率 75.3%(394/523人)



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ラベル:ウルトラ
posted by との at 21:44| 鳥取 | Comment(8) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする