2015年10月24日

OSJ 氷ノ山山系トレイルレース2015(その2)


第2関門から次のエイドステーションの上山高原までの上山登山道は、3キロほどの上りのトレイルです。登りはじめの急坂はさすがに走れませんが、強くなりはじめた日射しを樹々が遮り、森の冷気と呼吸を感じながらここを進んでいきました。


上山登山道3.jpg

登山道を抜けたところが上山高原エイドです。コーラを飲み、ボトルに水を補給してから、ここを後にしました。

[上山高原エイド(約46キロ地点・14時4分)]
上山高原エイド(約46キロ地点・14時4分).jpg
 
少し舗装道路を走ってから、扇ノ山へ続くトレイルへと入ります。
そしていつの間にか、ブナの森の中へと誘い込まれていました。落ち葉が重なるロードに木漏れ日がさすその光景には、心が洗われるようでした。

扇ノ山(14時56分).jpg

やがて山頂へ到着。しかし、遠くの山は少しかすんでおり、眺めは今ひとつでした。

扇ノ山山頂(約50キロ地点・15時25分).jpg
 
扇ノ山からゆっくりと下り、第3関門のふるさとの森登山口エイドへは、関門時刻17時に対して15時51分の到着でした。余裕は1時間あまり。コースの残り大半はほぼ平坦な林道なので、完走を確信しました。

[第3関門・ふるさとの森登山口(約53キロ地点・15時51分)]
第3関門・ふるさとの森登山口(約53キロ地点・15時51分).jpg

とはいえ、ここからの道はある意味“単調”で、気持ち的には我慢のランとなりました。しかも、砂利系の路面なので、時間がたつにつれ足の裏にこたえます。今回は、ソールがやや薄いシューズだったこともあり、ダメージが強かったように思います。

19キロも続く長い林道(16時16分).jpg

ところで、この後はゴールまでエイドはないはずでしたが、途中、真庭市のMさんが私設エイドを出してくださっていました。メニューはなんと、大鍋で作る温かいマカロニスープ。
日暮れが近づき、心も暗くなりかけていましたが、このエイドのおかげで胃袋も心も満たすことができて、残り11キロへの元気が出ました。

[Mさんの私設エイド(約66キロ地点・17時30分)]
Mさんの私設エイド(約66キロ地点・17時30分).jpg

ここをリスタートするとすぐに日が落ち、見えるのはライトで照らされた足元だけとなります。スピードは出ませんが、黙々と、そして淡々と走り続けました。
舗装道路に出て下りとなり、ゴールが近づいていることがわかります。こころもちピッチをあげてしばらく走ったころ突然、スキー場のゲレンデに入りました。そこを下った先の広場に灯りが見え、今朝スタートした地点であることが分かりました。
私はゆっくりとした走りでここを下り、ゴールへと向かっていきました。

[ゴールの光景]

ゴールの光景.jpg


(私の記録)
タ イ ム 13時間32分56秒
総 合 順 位 347位/623人(エントリー数)
男女別順位 326位/579人(エントリー数)
年代別順位 8位/? 人(60代男子)
完 走 率 75% (467/623人)

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2015年10月21日

OSJ 氷ノ山山系トレイルレース2015(その1)


10月18日(日)は、「OSJ氷ノ山山系トレイルレース2015」へ出場しました。
この大会には、初めて開催された2010年と2012年にも参加し、それぞれ完走しています。しかしその都度コースと距離が変わり、今回も過去2回完走したときとは違って、スタート地点が兵庫県のハチ北高原から鳥取県の若桜町に変更され、コースも一部異なっています。しかも、初めての反時計回り。したがって私にとっては、「なかば未体験のコース」と言ってもいいでしょう。

なお今回、募集要項では「約74キロ」となっていましたが、前日の説明会で、「計ってみたら3キロ多い77キロでした」と修正がアナウンスされました。「アバウトなOSJらしい」と言うべきか、「OSJが計るなんて、ずいぶんな進歩じゃないか」と言うべきか、悩むところです。

さてレースの方です。
午前6時、夜明けとほぼ同時に「わかさ氷ノ山スキー場」から、約600人の選手がスタートしました。

夜明けとともにスタート(小).jpg

まずは、スキー場のゲレンデを上ります。かなり長いゲレンデであることと、中段あたりで少しラッシュになったこともあり、ゲレンデを抜けるのに40分以上かかりました。

[ラッシュになっている(6時25分)]
ラッシュになっている(6時25分).jpg

氷ノ山山頂への到着が午前7時20分。快晴の空のもと、360度のパノラマが楽しめました。

氷ノ山山頂(約5キロ地点・7時20分).jpg

下りの区間は、気持ちよく駆け下りていきます。

駆け下りる(8時2分).jpg

そして尾根道。過去2回走った時とは逆方向からの眺めも、とっても素晴らしかったです。

尾根道(8時13分).jpg

第1関門の到着は、関門時刻10時30分に対し8時48分。この時点で1時間半以上の余裕ができました。とはいえこの後、この貯金を増やすことはできず、最後まで緊張感を持続して走ることになります。

[第1関門・とちのき村(約15キロ地点・8時48分).]
第1関門・とちのき村(約15キロ地点・8時48分).jpg

林道に入ると、色づきはじめた山の気配が感じられました。

林道を行く(10時43分).jpg

そして、この大会のために地元の人が、2キロほどの獣道を整備して抜けるようにしたという論山に入ります。
初めてここを通った時は、あまりのワイルドさに驚いた覚えがあります。しかし、さすがに回を重ねてきたことと、コースが逆回りになったことでここが下り基調のトレイルに変わり、ずいぶん走りやすくなっていました。
率直に言って今回、もっとも楽しめたのは、この部分でした。


論山2(12時11分).jpg

論山3(12時13分).jpg

そういえば、この山道の途中に滝があることを初めて知りました、過去2回走ったときは、そのことに気づく余裕さえなかったようです。

滝(12時22分).jpg

このあと、しばらく舗装道路を走ったあと、第2関門の青下集落へ到着です。14時30分の関門時刻に対して13時12分。やや貯金が減ってしまいました。

[第2関門・青下集落(約43キロ地点・13時12分)]
第2関門の青下集落(約43キロ地点・13時12分).jpg


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2015年10月16日

第10回 森下広一杯 八頭町マラソン大会


10月12日(日)は、「第10回 森下広一杯 八頭町マラソン大会」のハーフの部へ、初めて出場しました。

[会場風景]
開会式.jpg

森下広一といえば、1992年のバルセロナオリンピックのマラソンで銀メダル、1990年の北京アジア競技大会の10000mでは金メダルという、輝かしい実績を持っています。
八頭町出身の彼は現在、トヨタ自動車九州陸上部の監督として後進の指導にあたっており、毎回、ゲストとしてこの大会に招かれているようです。今回は、十数名の若い部員を引き連れての帰郷です。

バルセロナオリンピックへ出場したのは、25歳のときだったそうです。テレビの映像や新聞の写真などで見ていた森下選手のイメージは、「小柄でスリムな若者」でした。
しかしこの日、初めて目にした実物(?)はすでに48歳。威風堂々、すっかり“骨太なシニア”になっていました。
挨拶では、参加者の多くを占める地元の小中学生や高校生を意識してか、「マラソンは、日々の積み重ねがなければいい結果はだせない。勉強と同じです」と、渋めのコメント。さすがだなあ。

[森下広一さんの挨拶]
森下広一さんの挨拶.jpg

さて、ハーフのスタートは午前10時。ゲストランナーであるトヨタ自動車九州陸上部の選手を先頭にして、一斉に飛び出します。

[スタート直前]
スタート直前.jpg

第1折り返し地点までの約8.5キロは、微妙に上っていきます。
その間、民家は少なく、たまに応援してくださる人があるくらいです。

[八頭町は緑がいっぱい(約2キロ地点・午前10時12分)]
(約2キロ地点・午前10時12分).jpg

7キロあまり行ったところで、トヨタ自動車九州陸上部の選手達が折り返してきました。さすがに早いです。

[ゲストランナーが折り返して来る(約7キロ地点・10時34分)]
ゲストランナーが折り返して来る(約7キロ地点・10時34分).jpg

折り返し以降は下りなので、少し楽になります。

[折り返し後は微妙な下り(約9キロ地点・午前10時43分)]
折り返し後は微妙な下り(約9キロ地点・午前10時43分).jpg

そうして、スタートした旧船岡中学校前を通過し、第2折り返し地点まで来ると、あとはゴールまで2キロあまり。最後は併走するランナーを振り切るようにスパートをかけ、まずまずの走りでレースを終えました。

[ゴールの光景.]
ゴールの光景.jpg

ところで、大会3日前の10月9日は私の誕生日。娘達から数日前に届いていたプレゼントは、この大会の後に楽しむことにしていました。
それにしても、長女からは地ビール24本の詰め合わせ。次女からは近江牛。三女からは、各種おつまみセットという、いまだかつてない豪華なもの。

[娘達からのプレゼント]
娘達からのプレゼント.jpg

ただし、近江牛の箱にかけれたのし紙の「祝還暦」の文字には、なんだか複雑なものがあります。そうです。なにを隠そうこの私、もう60歳になってしまったのです。
(が〜ん、が〜〜ん、が〜〜〜ん・・・)

そして齢の割には何の威厳もなく、いつもチャラチャラして、親父ギャグの連発だけを得意とするこの私。比較するのがそもそも間違いではありますが、森下監督にははるか足元にも及ばない足軽男でありました。
こんな私が、彼のように重厚なシニアになれる日は、いったいいつのことでありましょうか?




(私の記録)
タ イ ム 1時間43分12秒
部門順位 91位/274人(ハーフマラソン男子・エントリー数)



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2015年10月11日

UTMF ウルトラトレイル・マウントフジ2015(その3)



「山中湖きららエイド」を出てから、石割山へ向かう登り坂で、3人のランナーと一緒になりました。東京のAさんと、横浜のMさん、そして兵庫県のF嬢です。
 彼らと巡り会えたのは、幸いなことでした。石割山の寂しい登山道も、楽しく会話をしながらいつの間にか越しており、「二十曲峠エイド」へは27日1時27分に到着しました。

[二十曲峠エイドに到着(142キロ地点・27日1時27分)]
二十曲峠(142キロ地点・27日1時27分).jpg

 ここの関門時刻が2時50分なので、再び時間の余裕ができたはずなのですが、エイドに残っているランナーは数えるほどで、続いて入ってくるランナーもまばらでした。スタッフに、「時間的には厳しいでしょうか?」と聞いたら、「そうですねえ」の返事。なんだか暗雲が漂ってきた気配です。

 それでも我々は意気軒昂。再スタートの前に、4人で記念写真を撮り、完走を誓い合いました。

[二十曲峠にて(142キロ地点・27日1時33分)]
二十曲峠にて(142キロ地点・27日1時33分).jpg

 さてこの後は、このコース最大の難関である扚子山を越えなければいけません。私は、しだいにきつくなる登り坂に悲鳴をあげそうでしたが、3人のペースに着いて行くことを意識し、我慢して進んでいきました。

[扚子山を目指す]
二十曲峠から立ノ塚峠へ(約143キロ地点・27日2時6分).jpg

 扚子山のピークが近づくと、大きな岩場が4カ所ほど現れます。雨に濡れた岩場は、思った以上に大変でした。滑らないように気をつけながら、どの岩を掴むか、どこに足を掛けるか慎重に判断しながら、時間をかけてこなしていきます。


[杓子山の岩場を登る(約146キロ地点・27日3時57分)]
杓子山の岩場を登る(約146キロ地点・27日3時57分).jpg

 そうしてこの難所を越えてからも、苦手な下りに入っていくので、一難去ってまた一難です。ここは、雨が降らなくても滑って転ぶところだと承知していましたが、大会前日から断続的に続く雨で、ひどいぬかるみとなっていました。足を一歩降ろすごとに、粘土のような土の中に踝まで“ぐちゃっ”と食い込みます。

 自分としては頑張って下っていたのですが、そのうちに、若い3人のスピードにはとてもついていけなくなりました。ここはマイペースでいかなれば仕方がないと観念し、慎重に下ることにしました。

 するとみるみるうちに3人の背中が遠くなり、100メートルくらい遅れをとってしまいました。登山道を終えて林道に入るまには、まだかなりの距離があるようです。彼らのヘッドランプの灯りが木々に遮られて視界に入らなくなりかけたので、大きな声で「林道に入っても、待たないで行って!」と叫びました。返事はありませんでしたが、たぶん聞こえたことと思います。

 それからだいぶ時間が経って夜が明ける頃、ようやく林道に入りました。ここからは走れるようになったものの、次のエイドまでに彼らに追いつく自信はありませんでした。一人旅になったものと思って走っていたら、道が曲がったところに、立ち止まっているAさんの姿がありました。
 彼は、「ちょっと足が痛くて休んでました」といい、私の後に着くように走りはじめました。しかし、私を待ってくれていたのは明らかでした。
 しばらく一緒に走りましたが、彼の走力が勝っているのは間違いないので、「私は、いまは早く走れないので、先に行って」と言いました。彼は、「いや、次のエイドに7時までに着いて、4人で一緒にいきましょう」と答えましたが、「私は7時までには行けないと思う。私に合わせたために、もし貴方が完走できないようなことになれば申し訳ないので、先にいってほしい」と返しました。
 Aさんは、「わかりました。じゃあ先に行きます」と言うとピッチを上げ、すぐに見えなくなりました。

 林道を終え、舗装道路に入ってしばらく行ったところで、片足を引きずるようにして走っているF嬢の姿がありました。
 驚いて、「どうしたの?」と聞いたら、膝を痛めたとのこと。笑顔をつくっていましたが、辛いところだったと思います。私もしばらくピッチを落として併走していたら、「先に行ってください。ここまできたら、それぞれが自分のベストを尽くせばいいと思います。私もゴールをめざしますから」と言ってくれました。
「そうだね、必ずゴールしよう」と返し、再び走りはじめます。その時は、あえて後ろを振り返りませんでした。そうして最後のエイドである「富士小学校」には、関門時刻7時50分に対し、7時3分に到着しました。

[富士小学校エイドに到着(157キロ地点・27日7時3分)]
富士小学校エイドに到着(157キロ地点・27日7時3分).jpg


 ここからゴールの河口湖までは残り12キロ。ゴールの関門時刻は午前11時となので、まだ4時間近くあります。7時半に出ても、間に合いそうに思いました。ただ、最後も山を一つ越えなければなりません。なにがあるか分からないので、間に合うという確信までは持てませんでした。

 うどんを食べていたら、先に着いていたAさんとMさんが、「ここからゴールまで、3時間半では難しいという人がいる。早めに出た方がいいみたいです」と私に言いました。

 そのとき、F嬢がエイドへ入ってきました。彼女は、休憩も食事もとることなく「私は早く走れないので、先に行っていますね」と言い残し、出発していきました。それを見て私も、すぐに再スタートすることにしました。AさんとMさんもほぼ同時にここを出たましたが、その背中はすぐに見えなくなりました。
 
 それからゴールまでは、はじめこそずっと登りの山道でしたが、1時間あまりで山頂を越えたら、後は下り基調のトレイルにかわり、快適に走れるようになりました。
 その間にF嬢に追いつきましたが、彼女の走りは復活しており、完走は大丈夫だと確信しました。私は、「先に行くよ」と言って、その脇を通り抜けていきました。

 この最後の区間は、今回と同じ時計回りだった2年前とは、終盤の数キロが変更されていました。初めてのコースながら直感で「もう河口湖が近いはず」と思いながら走っていると、山道が突然終わり、湖を見下ろす高台に出ました。その瞬間、美しい眺望に「おーっ」と感嘆の声をあげていました。
 誘導のスタッフが、「残り3キロです。ここを下りて右折した後、河口湖の周りを走り、あの先にある橋を渡ってしばらく行ったらゴールです」と教えてくれました。この時点でゴール関門時刻まではまだ1時間以上もあり、完走は確実なものになりました。

[河口湖を見下ろす(約166キロ・27日9時52分)]
河口湖を見下ろす(約166キロ・27日9時52分).jpg

 そこからゴールまでの間は、今までと打って変わって平坦なロード。脚はだるく、あちこちが痛かったですが、「歩く姿は美しくない」と自分に言い聞かせ、ゆっくりではあるものの、走ってゴールへと向かいます。その時どこからか、『ロッキーのテーマ「Gonna Fly Now)』が聞こえてきたような気がしました。
 ゴール会場では、表彰式がおこなわれているところでした。すでにゴールをした多くのランナーやギャラリーが、泥だらけのウェアで駆け込んできた私を、ハイタッチと歓声で迎えてくれます。私はゴールテープを高々と掲げ、それに応えました。

[ゴール(27日午前10時22分)]
ゴール2.jpg

 ゴール後、Mさんが駆け寄ってきて、私をねぎらってくれました。Aさんの姿を見つけることはできませんでしたが、完走していることは間違いありません。あとはF嬢のことが気になりました。ゴールでそのまま待ちたかったのですが、この後はバスと新幹線を乗り継いで帰路に着くため、ツアーバスの出発時刻である午後1時までに、ホテルの風呂で汗を流しておかなければいけません。
 後ろ髪を引かれましたが、預けていた荷物を受け取り、身につけていたものでもバッグに入れられるものはとりあえず詰め込み、ホテルへ急行して入浴をすませました。そうしてバス乗り場に着いたのは、出発の1分前という際どさ。ツアーバスの出発時刻こそ、今回の大会の中で、もっとも危うい関門だったというのが落ちになりました。
 なお、F嬢の完走は、後日公表されたリザルトで確認し、安心したところです。


(私の記録)
タ イ ム 45時間22分43秒
部門順位 447位/ ?人(男子出走数)
総合完走率 41.5%
男子完走率 41.9%

(PS: 大会終了後の10月7日に公式HPで、最終変更後の正式距離・累積標高差がそれぞれ、170.3km・7,889mと公表されました)


(了)

(その1)へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/427068129.html
(その2)へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/427478129.html



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posted by との at 22:20| 鳥取 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする