2015年12月30日

煩悩マラソン2015


12月27日(日)は、走友のドスコイさんプロデュースによる「煩悩マラソン2015」に参加しました。

これは別名「108マラソン」とも言い、倉吉市陸上競技場の400メートルトラックを108周、つまり43.2キロを走ることで108つの煩悩を汗で流してしまおうという、年末らしい仲間内企画です。


さて、9時の集合時間に陸上競技場に集まった煩悩フル装備の15名は、雨模様の空を恨めしそうに見上げました。
しかし、「せっかくならいい天気の中で走りたい」などという身勝手な欲望こそ、ランナーにとっては、最も忌むべき煩悩なのです。「雨がどうした!」とばかり、それぞれがビニール合羽などで自衛し、いざトラックへと繰り出しました。

ぼちぼちスタートしようかなあ(9時8分).jpg

が、その時、なんと天の神様から無情なみぞれ攻撃。「これにはたまらん」と、いったんベンチに退散しました。


突然のみぞれでベンチに避難.jpg

しばらくしてみぞれが通り過ぎたので、哀れな子羊達は、再びスタートラインに立ったのでありました。


[仕切り直しのスタート(9時17分)]
仕切り直しのスタート(9時17分).jpg

走り出してからも、雨は強くなったり、弱くなったりを繰り返しますが、けっして止むことはありませんでした。

やっぱり降る(9時18分).jpg

周回数のカウントは、もちろんセルフサービスというか、自己責任です。
GPS機能付きのストップウォッチは身につけていましたが、トラックの周回の場合はなぜか5〜10%くらい短めに計測されてしまうので、これに頼ることができません。
したがって、自分で数えなくてはいけませんが、どうしても途中であやふやになってしまいます。
そのため私は、1周を2分30秒のペースに決めて走ることにしました。10周で25分。これを1セットとして、ストップウォッチのラップタイムボタンを押し、次のセットの計測をはじめることで、周回数をカウントしました。

さて、走り出して間もなく、予想外の事態が生じました。それは、頻繁な尿意です。スタート直前に小用をしっかり済ませていたのにもかかわらず、強烈にもよおしてきたのです。
1セットの10周を終えるやいなや、トイレへ駆け込みました。しかし何と、あまりの寒さで指先の感覚が麻痺してしまい、パンツを下げて銃身を出すことにさえ困難をきわめたのです。それでもどうにか、縮こまった息子をつまみ出して放水を終えたものの、先が思いやられました。

しかもさらにこのあと、20周目、30周目、40周目、50周目と、中盤までは25分走る毎に小用を足すという、未だかつて経験したことのない、源泉垂れ流し状態に落ち入ってしまったのです。
見ていると他のランナーも、頻繁にトイレに駆け込んでいるようでした。それも無理からぬことだったのかもしれません。なぜならこの日の気温は、スタート時に6度。それからも次第に冷え込んできて、最後には3度まで下がっていたそうです。寒くて汗が出ない分、全部おしっこになって下ってきたということなのでしょう。
ということで、トイレの所要時間が余分に加わり、半分の54周を終えた時点のタイムは、2時間半というキリのいいものでした。



[54周でエイド休憩(11時37分)]
54周でエイド休憩(11時37分).jpg

後半に入ってさらに走っていた時、トラック上のランナーが半分以下になっていることに気づきました。そして、ふとベンチを見ると、ドスコイさんはじめ、数名がすでに着替えを終えてベンチに陣取っているのが見えます。
ベンチを後にし、帰っていこうとしているランナーもいます。冷たい雨に打たれながら走っている身からすれば、「いいなあ・・・」と、羨望さえ感じました。

[ベンチの光景(11時53分)]
ベンチの光景(11時53分).jpg

その時、「そろそろやめてもいいんじゃないか」という、弱い自分が顔を出してきました。
「いやいや、煩悩を残したまま年を越したら悔いを残すぞ」という、もう一人の自分もいました。心は揺れるまま走り続けます。

60周では、初めてトイレをスルー。70周で6回目のトイレ。80周目はこれをスルーし、残り28周となります。先が見えてきました。
しかし、相変わらずの冷たい雨。撥水機能がだいぶ低下したゴアテックスのジャケットの下には、体に密着したスリーブとノースリーブを1枚ずつだけという軽装備だったため、体の冷え方が尋常ではありません。残りの距離を走り切る体力が無くはありませんでしたが、さらに1時間半以上も冷たい雨に打たれる気力が残っているかどうかは、きわめて微妙でした。

[降り続く雨]
トラックに残っているのは5人(12時36分).jpg

それでも、81周、82周、83周と、我慢の走りを続けていました。

と、その時、ハッと気づいたのです。「88周」が、間近に迫っていることを。
「88」と言えば米寿。目出たいではありませんか。それに、四国の霊場巡りだって88カ所。トラック88周ランをこれになぞらえれば、ご利益抜群に違いありません。
ついでに言えば、グランドピアノの鍵盤だって、たしか88個のはずです。なんだか豪華な感じさえしてきます。

それにそもそも、108の煩悩ってなにがそれなのかは知りませんが、私の場合、たらふく食べて、しこたま飲み、寝たいほど寝て、過激に走る・・・少なくともこの4つの煩悩だけは残しておかないと、生きる意味がなくってしまいます。
ということで、煩悩も、全部は祓い去るべきでないという結論になり、撤退のための理論武装は完了です。

こうして私は、
88周(35.2キロ)を3時間54分で走り終え、「煩悩マラソン」あらため「末広がりマラソン」を、見事に“完走”したのであります。
ベンチに入った私には、走友たちから完走者へ贈られるはずの拍手はなぜか無かったものの、温かいワンタンスープが用意されていました。ありがたや、ありがたや。

ワンタン麺(13時15分).jpg

なおこの日、108周を完走したのは4人で、10人はクォーターやハーフでやめています。煩悩を祓い去るのは、たやすいことではないようです。




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posted by との at 09:26| 鳥取 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月05日

2015 橘湾岸スーパーマラニック273 W部門 (後半)


小浜中継所では、定番メニューのうどんを楽しみにしていたのですが、到着が遅かったため、すでになくなっていました。スタッフが、鍋の底にかろうじて残っていたみそ汁をよそってくれましたが、これでは腹の足しにならなかったので、リュックに入れていたパンを少しかじりました。
それから上着だけ着替えると、リュックの中身の整理にかかりました。持ち過ぎていた着替え等を減らし、食料は少し補充しました。それが終わったら、すでに午後8時25分。1枚だけ渡された薄い布団に包まり、ケイタイのタイマーをセット。
瞬時に眠りに落ちましたが、20分後にはチャイムで目覚めました。少し固まりかけた身体をゆっくりと起こし、シューズを履いて外へ出ました。

午後9時のスタートに備えているランナーは10人余り。ここのリスタート関門時刻は午前0時ですが、Wコースのランナーは、リタイア者を除き、ほとんど出発していたようです。
ちなみに前回、私はここを午後7時にスタートしていますが、その時のゴール時刻は翌日の午後4時過ぎです。したがって、それより2時間遅い今回のリスタートでは、ゴールに1時間ほど間に合わない計算になってしまいます。厳しい状況であることは否めませんでした。

[リスタート直前(21日午後8時59分・小浜南本町公民館前)]
リスタート直前の記念写真(21日午後8時59分・小浜南本町公民館前).jpg

心して走りはじめたのにもかかわらず、すぐに睡魔に襲われ、ピッチがあがりません。一緒にスタートしたランナー達の姿は、そのうちに見えなくなりました。無意識のうちに足が止まり、気がつくと、暗く人通りもない夜道をとぼとぼと歩いている自分がいました。
「これではいけない」と、走り出してみるものの、10メートルも行かないうちに、再び脚が止まってしまいます。意識を覚醒させようと、何度もボトルの水を飲みました。しかし、少しの間は目覚めた気がしますが、すぐにもとの木阿弥です。
時間はどんどん過ぎていくのに、前に進んでいきません。このまま眠気を我慢しても駄目だとようやく気づき、路線バスのバス停で仮眠することにしました。
体を横たえたベンチは、使う人がほとんどないとみえて、埃だらけでした。目をつぶるとすぐに眠りに落ちましたが、ふくらはぎが冷えて、7分後には目が覚めました。

[仮眠したバス停(21日23時15分・約185キロ地点)]
仮眠したバス停(21日23時15分・約185キロ地点).jpg

その直後は、ゆっくりながら少しだけ走れましたが、しばらく行くとまた眠気がさしてきて、走れなくなりました。いや、気持ちは走っているのですが、歩きのスピードと変わらない状態です。

そのうちに、後から来た数名のランナーが、私を追い越していきました。小浜を午後11時にアーリースタートした100キロ部門のランナーたちでしょう。彼らに、「私の後ろに、W部門のランナーがいましたか?」と聞いたら、「3人くらいいたみたいです」と教えてくれました。

それからしばらくは、追いついてくるランナーの姿はありませんでしたが、少し時間が開いてから、たくさんのランナーが追いついてきました。100キロ部門の午前0時スタート組です。その中には、私より遅れていたW部門のランナーもいたかもしれません。歩いたり、止まったりしている私は、彼らの背中を無言で見送るだけでした。

以降は、意識がもうろうとする感じさえありました。眠い、だるい、胸が悪い・・・悪い状況が3拍子揃っています。「次の口之津エイドまで行くのが精一杯だ」と思いました。
と、その時、コンビニの明かりが見えました。迷わずに入っていき、ドリップのアイスコーヒーを買いました。歩きながら飲んでいたら、眠気が飛び、見る見る元気が出てきました。「走れる」と、確かに思いました。遅ればせながらの復活です。

[ドリップコーヒー(22日1時45分・約191キロ地点)]
ドリップコーヒー(22日1時45分・約191キロ地点).jpg

それからしばらく走り、194キロ地点の口之津エイドに到着しました。時間は22日の午前2時15分くらいでした。小浜からの約21キロに、5時間以上を要しています。歩きのスピードと、変わらない遅さです。
ナンバーチェックをしていたスタッフが、私のナンバーを見て、「275・・・おっ、ダブルか」と驚いたような声を出しました。たぶん、W部門のランナーとしては、あまりに遅い到着時間だったのでしょう。
ちなみに前回は、ここへ到着したのは前日の午後10時15分。今回はそれより4時間も遅れています。絶体絶命。もはや時間内完走は考えられませんでした。
しかしこの時、リタイアは頭に浮かばず、「行けるところまで行こう」と思うことができました。

その後も走り続けることができ、しばらく前とは別人のようです。そうして次の原城址のエイドへは、22日の午前3時41分に到着しました。

[原城跡エイド(22日3時48分・約203キロ地点)]
原城跡エイド(22日3時48分・約203キロ地点).jpg

ここでは、胃にも優しいお粥に、肉や漬け物をトッピング。ますます元気が湧いてきました。


原城エイドでお粥をいただく(22日3時50分・約203キロ地点).jpg

このあとも、100キロ部門のランナー達よりはやや遅いものの、なんとか流れに近いスピードで進んで行くことができました。というより、必死に食らいついていこうとしている自分がいました。


そのうちに朝になり、いつの間にか島原市へ入っていました。
走り続けてはいたものの、やはり少しずつ遅れをとっていたようです。周囲のランナーはまばらになり、最後尾に近いところを走っていることを意識せざるをえません。

[島原市内を走る(22日8時41分・約228キロ地点)]
島原市内を走る(22日8時41分・約228キロ地点).jpg

島原城エイドへの到着は、午前9時を過ぎていました。
ここでは、短い時間で食事をとり、9時15分には再び走り出しました。前回はこここを7時頃に出ているので、だいぶ挽回したものの、まだ2時間ほど遅いスタートです。

[島原城(22日9時1分・約230キロ地点)]
島原城(22日9時1分・約230キロ地点).jpg

残りの距離は45キロほどですが、この後は標高差400メートル超の平成新山の登りと、それに続いて標高差700メートル近い雲仙の登りが待ち構えています。早いピッチで走れるようなところではないので、関門にかからず小浜のゴールまで行くことは、やはり無理だろうと思いました。それなら、「一つでも先の関門へ行くことを目標にしよう」と思いました。

[平成新山(22日9時57分・約234キロ)]
平成新山(22日9時57分・約234キロ).jpg

平成新山の登りは、ほぼ歩いてしまいましたが、関門時間12時40分の大野木場エイドを12時10分に通過しました。
雲仙の長い登りに入ってからは、遅いペースながらも走り続けました。ここではほどんどのランナーが歩いているので、先に見えるランナーを一人、そのまた先に見えるランナーを一人と、時間をかけながらも少しずつ追い抜いていくことができました。
この登りの途中にある俵石展望所エイドへは、関門時間14時に対し、13時15分の到着です。
しかし、登りのピークを過ぎて苦手な下りに入ると、それまでに追い越してきたランナー達に、逆に追い越される立場になりました。

そうして、大叫喚地獄を通ってから雲仙エイドに到着したのが、関門時刻15時に対し14時50分と際どいもの。スタッフが、「ソーメンはいかがですか?」と声をかけてくれましたが、「時間がないのでいいです」と言いながら、テーブルにあったバナナとみかんをわしづかみにして、走り抜けました。

[雲仙おやまの情報館エイド(22日14時50分・約260キロ地点)]
雲仙おやまの情報館エイド(22日14時50分・約260キロ地点).jpg

それからは、延々と続く下りを早いピッチで駆け下りていきます。ゴールの小浜温泉までに、残す関門はあと一つ。次の小浜木場エイドです。ここの関門時間の16時10分さえクリアすれば、ゴールの小浜温泉は、本来のゴール関門の17時を過ぎても良いことになっています。
つまり、次の小浜木場こそ、実質的に最後の関門なのです。
「よくぞここまで来た」と思う一方で、「ここまできたら、最後の関門も通過したい」と、当然ながら思いました。周りのランナーも同じ思いであることは明らかです。皆、必死の走りです。

それからしばらくは、視野の中に7人か8人のランナーの姿がありました。
急な下りの連続に、私の脚は悲鳴を上げています。集団は徐々に散けていき、最後尾の私は、さらに引き離されそうになりました。彼らとの勝ち負けは問題ではありませんでしたが、最後の関門に間に合うかどうかという自分自身との闘いは、孤独なランでは勝ち目がないでしょう。
すべての背中が視界から消えたら、気持ちが途切れてしまいます。完全には引き離されないよう、下り坂としては、自分の限界を超えた走りを続けました。

[みんな必死だ(22日15時20分・約265キロ)]
みんな必死だ(22日15時20分・約265キロ).jpg

そうして、棚田の続く山間の道を、無心に下っていきます。しかし、大きく左に曲がり切ったところにあるはずの、最後のエイドはなかなか見えてきません。
関門の時刻は刻々と迫ってきます。ストップウォッチを繰り返し見ながら、「次の曲がり角か?・・・違う」、「それではその次の角か?・・・ない」と、曲がり角がある度に、期待と失意を繰り返しました。

[田園の道を下っていく(22日15時41分・約267キロ地点)]
田園の道を下っていく(22日15時41分・約267キロ地点).jpg

「もう間に合わないか」と考えはじめたとき、沿道にスタッフのものと思われる車が数台停まっていました。「もしかしたら、その先のカーブを曲がったところがエイドかも」と思いました。案の定その先に、スタッフの姿が見えました。
「やった、間に合った!」と叫びながら、エイドへと駆け込んでいきました。時刻は16時5分。関門時間のわずか5分前でした。

[小浜木場エイド(22日16時5分・約270キロ)]
小浜木場エイド(22日16時5分・約270キロ).jpg

ここでは、先に入っていた10名近いランナーが、談笑していました。皆が私と同様、この関門の直前で脚を使い果たした様子です。私も安心し切って、しばらくその中にいました。残り5キロが残っていることを忘れてしまいそうでしたが、もちろんそれをこなさなければ完走になりません。そろそろ出発しようかと思ったとき、私のブログを見てくれていたという初対面のTさんが、「とのさん」と話しかけてくれました。
それからはTさんと話しながら、歩いたり緩い走りを繰り返し、日没と同時に小浜温泉のゴールへ帰り着きました。

[ゴールでTさんと記念撮影]
ゴールでTさんと記念撮影.jpg


(私の記録)
タ イ ム 49時間26分17秒
部門順位 17位/111人(W部門・出走数)

完 走 率 47%(52人/111人)

(スタート時刻別完走率)
     出走    完走    完走率
10:00   49    19   38.8% 
13:00   29    16   55.2%
16:00   19     9   47.3% ← 私はここ!
18:00    7     4    57.1%
20:00    3     2    66.6%
22:00    4     2    50.0%
 計    111    52    46.8%


【PS】

走友である北海道のOさんは、今回は体調不良のために急遽出走をとりやめ、スタッフを務めていました。ゴールで私を迎えてくれた彼が、「とのさんの記録をずっと見てました。終盤にどんどん順位を上げてきたので、びっくりしたよ。職人だね」と言ってくれました。
また、21日の深夜から翌朝まで併走した福岡のKさんは、後半に入ってから睡魔に襲われ、意外にもリタイアしたそうです。Kさんは収容車の車窓から、島原あたりを走っている私を見て、
「あれ、とのさんがこんなところを走っている。間に合わない時間なのに」と思ったそうです。
2人の走友が驚いたのも無理ありません。私自身、今でも信じられない「奇跡の大逆転」、若しくは「まぐれの勝利」でした。

それにしても疲れました。本当に疲れました。このレポートをなかなか書く気にならなかったのは、思い出すのもためらわれるほど苦しいレースだったからです。
気が乗らないまま書きはじめましたが、島原からの走りの部分に入ったとたん、一気にタイピングが進みました。気持ちって大事ですね。

(前半)へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/430414318.html


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ラベル:超ウルトラ
posted by との at 09:28| 鳥取 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする