2016年03月18日

鳥取マラソン2016


走るべきか止めるべきか迷ったあげく、3月13日(日)に開催された「鳥取マラソン2016」に参加しました。
というのも、その2週間前にあった「姫路城マラソン」を走り終えたときから3日間ほど右膝が曲がらなくなり、その後も痛みが続いていたからです。

この間、ほとんどトレーニングができませんでしたが、前日に10キロほど走って様子をみました。そうしたところ、微妙に違和感はあるものの、走ったことで痛みが増すということもないようです。大事にしすぎて走らない日がズルズルと続くのも、それはそれで不安だったので、右膝をサポーターで保護した上、「試しのジョグ」のつもりでフルに臨むことにしました。

右膝にサポーター.jpg

午前9時ちょうど、鳥取砂丘近くのオアシス広場から、膝をかばいながら“柔やわ”と走り出しました。

スタート直後.jpg

出走者数は3,188人と、過去最高。ランナーが多くなるにしたがい、沿道の応援も年ごとに多彩になっています。
方言まるだしの横断幕があったり、

トラックで応援(9時32分・約5キロ地点).jpg

ハイタッチを求められても、思わず引いてしまうほど不気味な面をかぶったおじさん(おばさんかもしれないけど)がいたり、


怖い(9時57分・約10キロ地点).jpg

鮮やかな「満天星」の旗が振られていたりと、今まではなかった応援風景を楽しませてもらいました。

萬天星(11時31分).jpg

とはいえ、走りの方はさっぱり。
それは膝のせいというよりも、この間の2週間、走れていなかったことが主な原因でしょう。体がとっても重く感じました。
ということで、中間点のタイムは2時間8分。おおむねキロ6分で、まさにジョギングペースです。後半の落ち込みを見込めば、初めての4時間半オーバーになるかもと、そのとき思いました。

中間点(11時8分).jpg

しかもここから、さらにペースが落ちました。
約24キロ地点のエイドで名物の砂丘らっきょうをいただき、「らっきょうパワーだ!」と暗示をかけましたが、効果は一時的。さらに進むにつれ、ますます遅くなっていく私でした。

らっきょうでパワーを(11時31分・約24キロ地点).jpg

残り5キロあまりになったとき、コースは小さな小山にさしかかります。歩いているランナーも少なからずいました。
ここでは、ゆずの「栄光の架け橋」が流れていました。心憎い演出です。「歩いてなるものか」と、メロディーと同じようなゆっくりペースながら、走り続けました。

上りだ(13時16分・約37キロ地点).jpg

こうして、膝がおかしくなったらその時点でリタイアするつもりで臨んだこの大会ですが、5時間近くかかったものの、無事にゴールゲートをくぐることができました。

ゴールだ!.jpg

(私の記録)
グロスタイム  4時間55分14秒
ネットタイム 4時間54分22秒
総 合 順 位  1698/3680位(エントリー総数)
部 門 順 位   139/272位(一般男子60歳代/エントリー数)

(PS)
膝の微妙な痛みと違和感は、このランで悪化したようには思いません。しかし、あれから5日が経過した今も、完治の気配は見えてきません。この週末、受診することにします。
 

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ラベル:フル
posted by との at 03:45| 鳥取 | Comment(2) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月04日

姫路城マラソン2016


2月28日は、「世界遺産 姫路城マラソン2016」に参加しました。

距離はフルで、姫路城そばの大手前通りからスタートします。しばらく市街地を走ったのちに、夢前川沿いに田園や山々の続く郊外を進んでから折り返し、最後は姫路城三の丸広場へゴール。
その間の変化に富むコースロケーションは抜群で、特に、天守閣の大修理を昨年終えたばかりの姫路城の荘厳で端正なたたずまいには、圧倒される感じさえしました。

姫路城.jpg

スタートは午前9時。薄い雲の間から時折、柔らかな日射しが差していました。6,000人のランナーが姫路城を背に、その時を待ちます。

まもなくスタート.jpg

そしてスタート。沿道にはたくさんの人がつめかけ、旗や応援棒をもって応援してくれていました。
しかしやけに体が重い。やはり「走った距離は裏切らない」、いやいや「走らぬ私は走れない」ということなのでしょう。このひと月あまりの走り込み不足を、痛感せざるをえません。

スタート直後.jpg

5キロも行くと大きなビルは少なくなり、沿道には商店や住宅が多くなります。さらに進み、夢前町に入るころには田畑が多くなって、行く手には幾つもの小山が連なる風景に変わりました。
スタートしてからこの間、微妙に上り基調ではありますが、15キロ走って70メートル標高が上がる程度なので、たいしたものではありません。

沿道の人の姿も少なくなってきましたが、ランナーを退屈させない工夫が随所に見られました。
例えば、コース脇の田圃に上げられた大きなバルーン。これはだいぶ手前から見えており、「もしかしたら、応援のバルーンかなあ?」と思いながら走ってきたら、やはりそうでした。

バルーンの応援(10時29分・約16キロ地点).jpg

例えば案山子。たぶん近くの集落の方が、応援の人手不足をおぎなうために作ってくださったのでしょう。これは楽しめました。

案山子が応援してくれる(10時44分・約19キロ地点).jpg

もちろん、人だっていないわけではありません。特設のステージで、踊って応援してくださる皆さんの姿もありました。

もちろん人だっている(10時54分・約21キロ地点).jpg

さて、中間点に来た時のタイムは1時間56分。相変わらずスピードが乗ってくる気配はないので、「サブ4危うし」と思いました。

中間点(10時56分).jpg

そうして25キロ地点あたりに来たとき、後方から来た大きな集団に突然飲み込まれました。それは、4時間のペースセッターに率いられたランナーたちだったのです。

ペースセッターに抜かれる(11時59分・約26キロ地点).jpg

これにはちょっと慌てましたが、なんとか食らいついていき、4時間以内でゴールしたいと思いました。しかし、それから3キロくらいは合わせたものの、やや無理があったのか、そこから突然のペースダウン。力が“フニュー”と抜けてしまったのです。

復活を期し、しばらくローギアで走りながら、エイドにあった白いパンを一つ手にしました。それは、手のひらほどの小さなサイズのものでした。口に入れるともちもちし、米粉パンの感触です。
しかし、なんということでしょう。これをうまく飲み込めず、一部が食道の途中にとどまってしまったのです。すでに体の水分が不足し、唾液が十分に出てこないからなのでしょう。
「困った。ビンチだ」と焦りました。

沿道で応援する人の中に、ペットボトルの水を持っている人がいました。「ください」と言えばもらえたかもしれませんが、奥ゆかしい私には言い出す勇気がなく、そのまま走りすぎました。
それからしばらくは、「水、水を・・・」と心の中でつぶやきながら、あえぐように走る哀れな私でありました。

するとそのとき地獄に仏。紙カップでお茶を出してくださっている私設エイドがあったのです。ありがたくこれをいただきました。
それでもまだスッキリしませんでしたが、さらに行ったところに、今度はコーラを用意してくださる人がありました。迷わずこれもいただいたところで、ようやく喉が全面開通しました。

そんなことをしている間に、だいぶ遅れをとってしまった私です。が、なっ、なんということでしょう! 数分後に突然、とつぜんパワーがみなぎってきたのです。おそらく、白い米粉パンとお茶とコーラが、遅ればせながら私の胃の中で見事に融合し、一気に走りのエネルギーへと変わったのでありましょう。
こう分析した私は、「いまから行くぞ〜〜!」と、がぜんピッチを上げました。

そうして、35キロ地点の通過は3時間20分。残り7.2キロを40分で走ることは、「微妙だが不可能ではない」と、その時は思いました。

あと7キロだ(12時20分・35キロ地点).jpg

ところが、なっ、なっ、な、なんということでありましょう。直後に再び急激なペースダウン。どうやら米粉パン・お茶・コーラの最強ブレンドによるパワーは、5キロも持たないものだったようです。あれ〜〜〜。

というわけで、以降の詳細は省略。4時間のラインをあっさりと越え、ぐうの音も出ないまま、美しい姫路城のゴールへと向かっていく私でありました。

お城にゴールだ!.jpg


(私の記録)
グロスタイム  4時間08分02秒
ネットタイム 4時間07分54秒
順    位 1860位(男子)
       2073位(男女総合)
       69位(男子60歳代)



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ラベル:フル
posted by との at 06:37| 鳥取 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする