2019年12月31日

39(サンキュー)マラソン2019




12月29日(日)は、年末恒例の仲間内企画『39(サンキュー)マラソン』に参加しました。 
このイベントは一年間元気に走れたことに感謝して、皆生温泉のOUランドから江島大橋往復の39キロを走るもの。昨年に続いて参加した私は、今回が4回目となります。



コース(PDF).pdf



参加したのは23人。主に米子、境港、松江、安来など中海周辺のランナーたちですが、中には堺市から帰省して参加したメンバーもいました。



朝の集合写真.jpg

スタートは午前9時。この時期の山陰にしては珍しく晴れで、しかも気温は15度と高めの予想。絶好のラン日和です。

スタート直後.jpg

6キロほど進んだところで、第1エイドとなるローソンに立ち寄ります。ゆっくりランなので、すでに1時間近く経っていました。私は、BOSSの微糖で軽く糖分を補給します。

BOSS.jpg

なお、昨年はNさんが一人だけサンタクロースの衣装で参加していましたが、今年は他にも何人かが仮装すると聞いたので、これに乗り遅れまいと、私もタイガーマスクに変身して参加していました。ここで、仮装の5人は記念写真を撮ることも忘れません。

仮装の5人.jpg

産業道路は車の通行量こそ多いものの、近年は歩道の拡幅工事が進み、ずいぶん走りやすくなりました。この道と並行し、弓ケ浜半島の海岸線に沿ったサイクリングロードも整備中のようなので、完成したらそっちも走ってみたいと思います。

産業道路.jpg

12キロ地点のファミマでは、スパイシーチキンの投入です。

スパイシーチキン.jpg

ここでトイレを借りたら、「重要指名手配」のポスターが。ボクの方がよっぽど怪しいと思うけど。

重要指名手配.jpg

15キロ地点のローソンで購入した粒あんまんは、軽く揚げてありました。「また揚げ物かよ」って言われそう。

粒あんぱん.jpg

何だかんだと言っているうちに、折返し地点の江島大橋に到着です。時刻は正午を少し過ぎたところ。橋の上では、この1年の楽しかったランや苦しかったランを思い出しながら、記念写真におさまりました。

江島大橋での集合写真.jpg

さて、ここからの帰路は自由走。思い切り走る人、コンビニに寄りながらゆっくり帰る人、夜の打ち上げに備えて体力を保存しようとサポートカーに乗せてもらって帰る人と様々でした。
トレーニングのつもりで真面目に走った私は一路、OUランドを目指したところ、いつの間にやら一人旅。沿道の人や行き交う車のドライバーたちからの怪訝な視線と冷笑を、一身に集めることになります。ふと、カーブミラーに写る自分の姿を見て、「それも無理なかろう」と思いました。

カーブミラー.jpg

その時、タイガーマスクのエンディングで必ずかかる『みなし児のバラード』が、どこからともなく聴こえてきたのであります。

♫♫♫
あたたかい 人の情けも
胸を打つ 熱い涙も
知らないで 育った僕は みなし児さ
強ければ それでいいんだ
力さえ あればいいんだ
ひねくれて 星をにらんだ 僕なのさ
ああ だけど そんな僕でも
あの子らは 慕ってくれる
それだから みんなの幸せ 祈るのさ

ううっ、ボクちゃん哀ちい・・・(涙)

それでもゴール後は温泉に浸かって体を休め、夜は米子駅前の居酒屋に用意された飲み放題の慰労会で心も癒します。これで立ち直ったタイガーマスクは、この1年間の闘いを終えたことに安堵し、雄叫びをあげるのでありました。ガオーッ!

乾杯.jpg



にほんブログ村ランキングに参加しています。
よかったら ポチッとお願いします。
    ↓

にほんブログ村
 
ラベル:マラニック
posted by との at 14:00| 鳥取 ☁| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月23日

大山恵みの里から佐摩山・孝霊山へやりなおしロンリーマラニック



12月21日(土)の午前10時過ぎ、私は一人、道の駅「大山恵みの里」から佐摩山へ向かいひっそりとスタートを切りました。
これは、その前の日曜日に淀江ゆめ温泉から佐摩山を目指して走り出したものの、孝霊山を経由した後でルートを間違えて免賀手山へ行ってしまい目的を果たせなかったので、いわば「やりなおし」として行なったものです。

大山恵みの里.jpg

道の駅を出てからは、しばらく県道や集落道を通って南進し、その後に右折して広域農道を走ります。スタートして5キロほど進んだところでは、道路左側の風車の向こうに、先日登った孝霊山と免賀手山が見えました。しかし、免賀手山の向こう側にあるはずの佐摩山は、その位置からは見えません。

風車.jpg

この後、佐摩山の方向へ向かって左折します。途中、江東川の管理道を走りますが、舗装されていない区間が1キロほどあり、すでにトレイル気分です(ルンルン)。

江東川.jpg

先日、免賀手山からの厳しい下りを終えて人里へ出た、見覚えのある場所に来ました。スタートして8キロあまりの地点です。その先の小さな橋を渡り、山へと入って行きます。

ここから山へ.jpg

途中に、免賀手山に続く分岐点がありましたが、ここを迷わず直進して行ったところ、佐摩山登山道の入口を見つけることができました。

登山道入口.jpg

登山道は全般に渡ってよく整備されており、先日通った免賀手山とは月とスッッポンほどの違いです。

登山道.jpg
5合目を過ぎたところに、『 ← 大山小がよく見える』という矢印看板がありました。それに従って寄り道してみたら、眼下に大山小学校の校舎を見下ろせました。

大山西小.jpg

かなりの急坂が続き走れるところはほとんどありませんが、山頂が近くなると勾配が緩くなりました。そのあたりは、元気さえあれば走れなくはないでしょうが、急ぐ理由もないのでのんびりゆっくり進みます。


八合目.jpg

標高612mの佐摩山山頂へ到着したのは12時40分。高さが60センチほどの小さな標柱が立てられているだけで特にどうということもない所ですが、ようやくここに立てたことが嬉しかったです。

佐摩山山頂.jpg

このあとは直進して孝霊山へ向かいますが、この間に目にした樹々は、その幹や枝がクネクネと曲がっているものが多くありました。風の影響か雪のせいなのかわかりませんが、そのユニークな光景を楽しみながら進みます。

曲がった樹々.jpg

中には、幹が中程で90度の角度に折れたものの、それでも“グイッ”と上半身を持ち上げたような形で垂直に立ち上がった赤松がありました。きっとこの松がまだ小さかった頃、なにか大きな事件か事故が降り掛かったのでしょう。そんな苦難を乗り越えて生き抜いてきたのだろうと想像をたくましくし、この松に同情さえする私は、感情があまりに豊か過ぎるロマンチストなのでありましょうか?

折れた赤松.jpg

そんなどうでもよい感傷に心を震わせながら進んでいると、目の前に突然、孝霊山の山頂が現れました。
山頂から振り返り、佐摩山へ続く登山道の周辺をあらためて確認しましたが、『 ← 佐摩山』というような看板はなく、いわば無印。この前に来た時もこの道を見てはいましたが、何も表示がないので違うだろうと判断していました。

孝霊山山頂.jpg

さて先日は、ここでおにぎりを取り出して食べましたが、この日はサンドイッチ。手作りなので見た目はさして良くないものの、ベーコンとチーズを入れているので、味はバッチリです。

サンドイッチ.jpg

この後は長田方面へ下山し、午後3時過ぎに道の駅へ帰り着きました。総距離26キロちょいの、「やりなおしマラニック」でありました。

この日のコース.jpg



★ 「ゆめ温泉から孝霊山・免賀手山へロンリーマラニック」へ飛ぶ → http://t-tono.seesaa.net/article/472713312.html



にほんブログ村ランキングに参加しています。
よかったら ポチッとお願いします。
    ↓

にほんブログ村
 
ラベル:マラニック
posted by との at 06:16| 鳥取 ☔| Comment(0) | 登る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月18日

ゆめ温泉から孝霊山・免賀手山へロンリーマラニック


12月15日(日)は、午前中は曇りながら午後からは晴れという天気予報。走友の何人かは雪に埋もれた登山道をもろともせず大山山頂へ行ったようですが、ヘタレの私は大山より1,000mほど標高が低く未だ雪の心配のない孝霊山へと向かいました。

孝霊山の山頂へは6年前に初めて行ったのですが、当時は北側の広域農道から入り、同じ道を折り返して下山するしかありませんでした。しかし近年、地元の人達が山頂西側にある佐摩山から孝霊山山頂へ繋がる登山道を整備されたとのこと。普段、大山へ向かう車中から右側に見える佐摩山はちょっと気になるスポットだったので、ぜひそのコースを通ってみたいと思い、今回のロンリーマラニックを決行したものです。

スタートは、淀江ゆめ温泉から。おにぎりとパンとバナナを入れたバッグパックを背負った私は、午前10時過ぎに、ゆっくりと走り出します。

ゆめ温泉.jpg

佐摩山からの登り口は知らないので、まずは孝霊山から入り、その山頂を経由して佐摩山へ向かうことにしました。スタートして4キロほど走り長田地区まで行ったところで、広域農道を右折して孝霊無線中継所の管理道へ入っていきます。
途中で道を横断するようにチェーンが渡してあり一般の車が入ることはないので、朽ちて道路を塞いだ倒木もそのままになっていました。

道路を塞ぐ倒木.jpg

さらに上っていくと、道路には松葉がびっしり。舗装路なのにまるでフカフカの絨毯の上を行くような気持ち良さです。

松葉の絨毯.jpg

スタートから8キロあまり進み、道が行き止まりとなったところが孝霊無線中継所です。実は私、以前はここも孝霊山の一部だと思っていました。しかし本当はそうでなく、ここは上清水山という標高580mの山だと最近知ったところです。



無線中継所.jpg

そしてここから200mほど引き返し、孝霊山山頂へ向かう登山道へ入っていきます。


孝霊山登山口.jpg

しばらくは下りを進みますが、その後は一転し、急な角度の登りとなりました。下りも登りも、走れるところはほぼ皆無。ずっと歩きが続きます。



孝霊山への登り.jpg

そして12時30分に、ようやく標高751mの孝霊山山頂へ着きました。ここはゆめ温泉から約10キロの地点になります。眼下には先ほど行ったばかりの上清水山山頂の電波塔と、さらにその先に、弓ケ浜半島の弧を描いたような海岸線が臨めました。

弓ケ浜半島.jpg

視線を反対側に転ずると、上部にうっすらと雲が掛かった大山の勇姿があります。
ここでおにぎりをとりだして一つ食べましたが、あまり気温は高くなく、じっとしていると体が冷えてきそうなので、早々に次へ向かうことにします。

大山.jpg

山頂には前回きたときはなかった矢印看板が出ていましたが、目指す「佐摩山」の表示は見えず、その代わりに「免賀手山」という看板がありました。他に下りる道も見当たらなかったので、「たぶん、佐摩山へ行く途中に免賀手山というのがあるのだろう」と考え、その方向へ下りていきます。



矢印看板.jpg

ルートに沿った樹々の枝には目印のテープが付けられ、所々にロープも渡されていたものの、上ってきた登山道ほどはきれいに整備されておらず、ワイルド感ただよう獣道のようでありました。急な角度となった斜面を滑り落ちるように下っていきます。

ワイルドな下り.jpg

頂上から300mか400mほど進んだところで、上り基調に転じます。そこを少し登ったところに、免賀手山の山頂と思われる比較的平たな部分がありました。

免賀手山の山頂.jpg

その先ではテープを見失い一時的にコースを外れてしまいましたが、動物的な勘でコースに復帰します。

滑り落ちそうな斜面.jpg

それからかなり長い下りを進み、登山道、林道、舗装路を経て午後2時前に山を抜け、人里へ出ました。

坊領集落.jpg

そこから南西の方向に佐摩山が見えましたが、その時間から向かう気にはなれません。しかたなくその後は、農道や集落道をのんびりと走り、歩き、寄り道して「むきばんだ史跡公園」にも入ったりしながら、午後3時過ぎにようやく21キロあまりの旅を終え、ゆめ温泉へ帰り着きました。



妻木晩田遺跡.jpg

ということで結局、今回はお目当ての佐摩山を通ることはなかったのですが、帰宅してからネットで調べてみると、孝霊山山頂からは目賀手山と佐摩山に降りるルートがそれぞれあることがわかりました。山頂でもっとよく探せばよかったかもしれませんが、まあこれも、「無駄にはならない経験」なのでしょう。遠くないうちにもう1回行き、今度こそ佐摩山ルートを辿ってみようと思います。

[この日のルート]
この日のルート.jpg



★ 「大山恵みの里から佐摩山・孝霊山へやりなおしロンリーマラニック
」へ飛ぶ → http://t-tono.seesaa.net/article/472777780.html



にほんブログ村ランキングに参加しています。
よかったら ポチッとお願いします。
    ↓

にほんブログ村
 
ラベル:マラニック
posted by との at 07:04| 鳥取 ☔| Comment(0) | 登る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月13日

第9回大阪マラソン(後半)



北進して来たなにわ筋を幸町1丁目の交差点で右折し、千日前通を東へ進みます。ここでは1.5キロほど、橋脚に支えられた阪神高速に並行し、その真下を走る区間がありました。頭上の高速道路に威圧感を感じながらあらためて、「都会だなあ」と感じ入る私は、やはり根っからの田舎者です。

高速道路の下を走る.jpg

この直後、さらに右折して天王寺公園北口の折返し地点へ向かって南下します。前半がゆっくりだったので、後半にさほどペースを落とすことはないだろう思っていましたが、その楽観的なもくろみは外れ、このあたりからしだいに減速していきます。
レース後に気づいたのですが、この方向ならその先に日本一の超高層ビル「あべのハルカス」が見えていたはず。しかしその時はそれに気づかず、残念ながら見逃しています。このあたりは26キロから27キロくらいの地点になるので、もしかしたら少し早めに現れたいわゆる“30キロの壁”が、走りにブレーキをかけただけでなく、視界も遮っていたのかもしれません。



あべのハルカスは見えない.jpg

そのとき、目の前を行く女性ランナーの背中に、『今日はここらで よかどかい?』という、これまた絶妙なタイミングでのメッセージ。思わず、「よかど、よかばい、よかばってん!」と、心の中で叫んでいました。


今日はここらでよかどかい?.jpg

このあとしばらくは、記憶があるような無いような、心もとないスローなジョグが続きます。そして高いビルを見るたびに、「やっぱ都会だぁ・・・」とあいかわらずワンパターンのつぶやきを放っている私でありました。

ビルを見ると都会だ.jpg

ところが32キロくらいのあたり、ちょうど聖徳太子建立の七大寺の一つである四天王寺の横を走っていたときに、後方から追い上げてきた20人ほどの集団に、サッと抜き去られます。その先頭にいたのは、「4時間30分」という文字入りベストを着た3人のペースセッターたちでした。
そういえば前半のどこかで「4時間15分」のセッターを見たとき、それに追いつきたいという気持ちが起こったはずなのに、いつしかそのことをすっかり忘れていました。
いまこの集団に付いて行かなければ、「遅くとも」と思っていた4時間30分切りもできなくなります。なんとか食らいつこうと、気持ちを奮い立たせます。



ペースセッター.jpg

しかし、そのペースは私よりだいぶ早く、どうみても、残りの10キロをそのスピードに合わせていけそうにありません。とりあえず行けるところまでは」と思い、しばらくあがいてみましたがやっぱり無理。追跡を諦めたとたんに、その背中はみるみる遠くなっていき、そのうちに視界から消え去りました。

陸橋から応援.jpg

35キロ地点の通過が3時間44分。その頃、ペースはキロ7分半くらいに落ちていたと思います。残りの7キロあまりを何分で走れ、そしてゴールタイムはどれくらいになるのかを計算しようとしましたが、頭がぜんぜん回らず、その答えが出てきません。


35キロ地点.jpg

ゴールが近くなると、沿道からは「おかえり」とか「もう少し」という声が掛かりますが、笑顔を返す余裕はもはやありませんでした。


沿道の応援.jpg

40キロ地点を通過する時点で、すでに4時間22分のすぐ手前。これから4分を引いたネットタイムでも4時間18分です。ここで、サブ3.5を断念します。


40キロ地点.jpg

若干失意を感じながらではありましたが、アンダーパスをくぐり高層ビルが立ち並ぶエリアへと吸い込まれていく感覚は、気持ちのいいものでした。

アンダーパス.jpg

ほどなくビルの森も抜け、最後の力を振り絞りながらゴールの大阪城公園へと駆け込んでいきました。

大阪城公園.jpg

さて振り返ると、景色が楽しめた前半はともかく、後半はそんな余裕もなく終始、苦しいランが続いたように思います。「楽しんだらええねん」と思ってスタートした大阪マラソンでしたが、そうは問屋がおろしてくれませんでした。
それでも、いまこうして自虐趣味の快感に浸るようなレポートを書いていることも含めて考えれば、大阪マラソンには、やはり楽しませてもらったということになるのでしょう。
ということで・・・ええねん、それでええねん、それだけでええねん!



(私の記録)
ナ ン バ ー  D13231
グロスタイム 4時間38分50秒
ネットタイム 4時間34分39秒
順    位 4285位/22,258人(男子一般・出走数)
完 走 率  95.9%(男子一般・21,341/22,258人)





★「前半」へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/472127856.html



にほんブログ村ランキングに参加しています。
よかったら ポチッとお願いします。
    ↓

にほんブログ村
 
ラベル:フル
posted by との at 06:16| 鳥取 ☔| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする