2020年02月23日

熊本城マラソン2020(後半)


さて、この日の降水確率はスタート時で90%、昼前からは100%との予報。また気温はスタート時の16度から次第に下がり、昼頃には10度を割り込むとされていました。これらの予報は的中し、レース後半に入ってからは雨に加え急激な気温の低下によって、体のこわばりさえ感じてきます。
特に25キロを過ぎて進行方向が西に変わったところでは、大粒の雨が地面を叩きつけるような勢いで降ってきました。広い道路を跨ぐように掛かる歩道橋の上には、ランナーへ声援を送る市民の姿がありましたが、この雨に耐えられなかったのか、その多くが一斉に降りて行くのが見えました。



歩道橋.jpg

これに追い打ちをかけるように、強烈な向かい風がランナーを襲います。この風で、羽織っていたカッパが破れたり飛ばされたりしたランナーも多くあったと思います。私の場合も、はじめに身につけていた主催者から配布されたカッパは、もっと早い段階で破れてしまいました。それでも、念のためにビニールポンチョをポーチへしのばせていたので、雨風からなんとか身を守ることができました。

しかし、後半に入ってからキロ6分を越えていたペースはここでさらに落ち、キロ7分を越えるようになります。


強風.jpg

この暴風雨といってもいい過酷な状況の中、26.7キロの地点では、『ペトレ家のおもてなし』として、シナモンロールとベリージュースが振る舞われる特別なエイドがありました。これは、熊本県出身でストックホルムオリンピックに出場した金栗四三が倒れて途中棄権した26.7キロ地点で、ペトレ家の人たちが金栗さんをシナモンロールとベリージュースで介抱したことにちなんだサービスです。
限定5,000食と聞いていたので、ありつけるか心配していましたが、どちらもいただけてラッキーでした。

ベリージュース.jpg

この後、折り返してからは追い風になり、雨も次第に弱まってきました。ここで再びピッチを戻そうとしましたが、体が寒さで固まったような感じで上げていくことができません
。2012年にはじまり今回が9回目となるこの大会ですが、雨の中での開催は初めてとのこと。ランナーにとっても厳しいコンディションですが、お世話をしてくださるスタッフや沿道で声援を送ってくださる市民の皆さんは、もっと大変だろうと頭が下がる思いでした。

ちなみに後半以降、サバイバルブランケットを巻かれスタッフの肩を借りて歩くランナーや、車いすで運ばれるランナーを何人か見ました。また、救急車が走るのも目撃しましたが、翌日の報道によれは、この日は42人のランナーが低体温症で搬送されたとのことです。

強風の中のスタッフ.jpg

残り10キロを切り、市街地へ帰ってくる頃には雨はほとんど止んでいましたが、気温はさらに低くなり、寒さをこらえて走ります。相変わらずペースは上がらず、キロ7分が切れたり切れなかったりでした。

   
再び市街地へ.jpg

40キロ地点の通過タイムは、グロスで4時間10分。ここで最後の力を振り絞ってラストスパートをかけたつもりなのに、ピッチがまったく上がらないのが不思議な感じでした。


40キロ地点.jpg

熊本城内に入り、坂を上がり切ったところでゴール。特に後半は辛いコンディションだっただけに、「なにはともあれ、完走できてよかった」とつくづく思いました。

ゴール.jpg

ゴール会場には食のブースもありましたが、一刻も早く風呂に浸かって冷えた体を暖めたかった私は、預けていた荷物を受け取るやいなや、1キロほど離れたホテルへ向かって歩きはじめました。
ところがここで、両方の股関節に痛みを感じ、ゆっくりでしか歩けないことに気づきます。こんなことは初めてで、脱臼でもしたのではないかと思ったほどです。数十メートル毎に休まないと痛くて歩けず、ホテルに着くまでに40分近くかかってしまいました。結局、ホテルの風呂に入って体を温めたらほぼ治ったので、痛みの原因はどうやら冷えからきたものだったようです。

さて総括は、この大会で掲げた3つの目標が達成できたかどうかです。

一つ目の、「絶対に転倒しない」という一番大事な目標は無事に達成しました。

二つ目の、「新型コロナウィルスに感染しない」ことは、たぶん達成したとは思いますが、なにせこのウィルスの潜伏期間は2週間もあるらしいので、まだ結論は出せません。ただし、レース翌日から咳が出始めたのに加え、金曜日には微熱があって頭もぼんやり。普通ならこれくらいで受診はしませんが、手首のことで懲りたので素直に診療所へ行きました。その結果、インフルエンザの検査は陰性で普通の風邪との診断でしたが、冷えのケアが十分でなかったのが原因だとすれば、反省の余地はありそうです。
三つ目の、「ネットタイムで4時間15分以内。最悪でも4時間30分切り」というタイム目標ですが、最低ラインをクリアしたというだけでは・・・負けかなあ?


ところで例年なら、コースでくまモンとのハイタッチができたそうですが、今年はコロナウィルス対策でこれは無し。会場にもコースにも、くまモンの姿はありませんでした。それでも、商店街を歩いている時に見かけたのでそっとカメラに収めましたが、その表情は心做しか寂しそうに見えたのでありました。

くまモン.jpg


(私の記録)

ナ ン バ ー  3472
グロスタイム 4時間25分57秒

ネットタイム 4時間24分09秒
種 目 順 位  2975位/11370人(フルマラソン男子・エントリー数) 
年代別順位  130位/826人(フルマラソン男子60歳代・エントリー数)
(参  考)
出走者数 12,531名【男子 9,893名、女子2,638名】
完走者数 10,438名(完走率 83.3%)
【男子 8,430名(完走率 85.21%)、女子 2,008名(完走率 76.12%)】



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posted by との at 21:22| 鳥取 ☀| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月21日

熊本城マラソン2020(前半)


2月15日の土曜日、「熊本城マラソン」を翌日に控えた私は、特別公開中の熊本城大天守の前にいました。4年前の地震で瓦がほとんど崩れ落ちたその無惨な姿を、テレビや新聞で何度も目にしたものです。その光景は今でも脳裏に焼き付いていますが、少なくともその外装はきれいに修復されたように見えます。

大天守.jpg

とはいえ城内のあちこちには、崩れた石垣や倒れた塀や屋根が歪んでしまった建物等が、手つかずのままあり、被害の全体像は想像をはるかに越えるものでした。これから全面的な復旧までには、気が遠くなるような時間と労力が必要であることは明らかです。私の目の黒い内には到底無理でしょうが、熊本のシンボルとも言えるこの城が、1日も早く元の姿に蘇ることを願わずにはいられません。

崩れた石垣.jpg

さて、この大会に臨んで私が掲げた目標は3つ。一つ目は、「絶対に転倒しない」ということです。左手首を骨折してから、まだ6週間。折れた部分がまだ完全には固まっていないため、ドクターから、「走ってもいいが転倒してはいけない」と言い渡された私です。
二つ目は、「新型コロナウィルスに感染しない」こと。悪運は人一倍強い私なので、もし感染しても亡くなる方の2%には入らない自信はありますが、なるべくなら14日間もの隔離生活は経験したくないところです。
そして三つ目は、やはりタイム。12月の大阪マラソンでは、ネットタイムでも4時間34分という冴えないものでした。これを含めここ数年のパッとしない結果から、サブ4はもはや望むべくもありません。ということで、今回の目標は「ネットタイムで4時間15分以内。最悪でも4時間30分切り」という身の丈に合ったものにしました。

城に隣接する歴史文化体験施設『湧々座』で軍馬に跨がり、400年余り前に名城熊本城を築城した加藤清正を気取った私は、翌日の合戦に備えて決めた3つの目標を改めて思い起こし、気持ちを昂らせるのでありました。

乗馬.jpg

大会当日の16日(日)に私は、雨にけむる熊本城を背にして立っていました。ビニールカッパとマスクを身につけたランナーの姿が目だちますが、オレンジ色のカッパは雨対策、マスクはコロナウィルス対策として主催者から配布されたものです。集合からスタートまでの数十分間は、周囲のランナーとの間隔がいくらもなく、まさに濃厚接触状態になります。コロナに感染しないよう、私も当然これらを着用していました。

マスクとカッパ.jpg

9時に30キロ部門のランナー達が、そしてその2分後には我々フルマラソン部門のランナーがスタートを切ります。Bブロックの私はゲートの100mほど手前という、実力に見合わない好位置にいましたが、それでも号砲がなってからゲートを超えるまでに、2分近くかかりました。


スタート直後.jpg

スタート直後から、いつになく息苦しさを感じます。それがマスクのせいだと気づき、1キロも行かないところでこれを外してポケットにねじ込みました。
しばらくは混み合う中を走るのですが、水たまりを避けようとして急にコースを変えるランナーとの接触や、コース上に廃棄された雨ガッパに足を滑らせるアクシデントも想定されます。私は、「絶対に転ばないぞ」と何度も呟きながら、キロ5分40秒から5分50秒くらいのペースで、慎重に進みました。

スタートしてしばらく.jpg

7キロ地点あたりだったと思いますが、「このペースなら、4時間10分から15分くらいのゴールになりそうだ」と計算をしはじめていた私の横を、緑色のベストを着た4時間のペースセッターが、さっと追い抜いていきました。
「今日の調子だと、このペースに着いて行くのは無理だな」と一瞬思った私ですが、そこは哀しきランナーの性(さが)。「行けるところまではいってみようか」と、浅はかな考えを起こしてしまいます。
ここからキロ5分30秒のペースでこれに合わせてみたところ、なんと大した無理もなく付いていけるではありまえせんが。「なんだオレ、その気になればやれるじゃないか」と有頂天になり、目標をあっさりサブ4へと上方修正した私です。

ペースセッター.jpg

しかしやはり、世の中はそんなに甘いものではありません。ペースセッターにピッタリと付いたまま3キロほど進んだところで突然、左のハムストリングスに“ピキーン!”と痛みが走りました。「もしかしたら肉離れか?」と、リタイアも頭をかすめましたが、走れないほどの痛みではなかったので、スピードを落とし柔やわとした走りを続けます。結局この痛みは次第に治まり、事なきをえました。


ハムがピキーン.jpg

周りが田園風景に変わるにつれて、沿道の人の姿が少なくなってきます。そんなとき、広い田圃の中で50体を越える案山子たちが手を挙げて、我々を応援する光景を見ました。「ここまでやるか」と感動したのは、決して私一人ではなかったと思います。

かかし.jpg

中間点の通過タイムが2時間3分台。ネットタイムなら2時間2分を少し切っています。後半はどうしても落ちますが、ネットタイムで4時間15分以内のゴールは、十分可能だろうと予想しました。

中間点.jpg


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posted by との at 18:23| 鳥取 ☀| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月08日

左手首を骨折してました


2月7日(金)の午後、私は町内にある医院の整形外科を受診しました。

病院.jpg

少し遡りますが、それは1月4日(土)のこと。免賀手山・孝霊山・佐摩山の三山を一人でマラニックしていた私は、最後の佐摩山を下り切ったあたりの山道で、濡れた倒木に脚を乗せた瞬間に滑って転倒し、左手首を強打してしまいました。
その時は少し腫れて内出血もありましたが、希望的観測も含め、単なる打撲だろうと判断していました。数日間は“ズキンズキン”とした痛みがあり拳がにぎれませんでしたが、日ごとに良くなりそうな感じもあったので、病院へは行かずに済ませました。

山道.jpg


しかし、3週間たち4週間を過ぎ、5週間が間際になっても、手首を動かすと“ピクッ”とするような痛みが消え去る気配はありません。
そんなとき、久しぶりに行ったジムで目にしたスポーツ新聞に、「元NMB48のメンバーでシンガー・ソングライターの山本彩が、転倒して左手首を亀裂骨折した」との記事がありました。それを読むと彼女は、「指は動くけど握れない」とか、「ペットボトルのふたを両手で開けることができない」状態とのこと。まさに、しばらく前までの私と同じではありませんか。もしかしたら私も、骨の一部が欠けたかヒビでも入っているかもしれないと思いはじめ、そうであればこの週末に岡山であるトレイルの大会へ参加してよいものか迷いも生じたので、遅ればせながら受診することにしたというものです。
ちなみに私は、ペットボトルのフタを開ける時はボトルを両足で挟んでおこなっていました(笑)

キャップを外す.jpg

さて、病院でのドクターとのやりとりです。

(Dr)どうしました?
(と)1月4日に山道で転倒し、左手を打ちました。しだいに良くはなってきましたが、5週間もなるのに、まだ痛みがとれません。
(Dr)どうしてその時に来なかったの?
(と)たぶん打撲なので、日にちが経てば治るだろうと・・・。でも、新聞でアイドルが転倒して手首を骨折したという記事を見たら、自分と同じ症状だったので、もしかしたらヒビでも入っているのかと思ってきました。
(Dr)あんたはアイドルじゃないから大丈夫だと思うが、まあレントゲンを撮ってみよう。

ということで、レントゲン撮影を終えた後、画像を見ながらの再診です。



レントゲン1.jpg

(Dr)折れてますね。
(と)えっ、ヒビですか?
(Dr)いやヒビどころじゃない。完全な骨折です。この部分・・・。

[拡大写真(太い方の関節から少し下の部分)]
レントゲン拡大.jpg

(Dr)診断名は「橈骨遠位端骨折(とうこつえんいたんこっせつ)」といいます。折れた部分がつきかけているが、まだ完全に固まってはいないので、もうしばらく大事にしないといけません。
(と)そうですか。
(Dr)しかし痛かったでしょう。これでよく我慢しましたね。
(と)はい、よく我慢しました。

ここで、「初めて自分を褒めたいです」という言葉が続けて出そうになりましたが、ヒンシュクを買いそうなので、すんでのところでこれを飲み込んだ私です。

(Dr)これくらいの骨折だと、医師によっては手術の判断をする場合もあります。もし私が直後に診ていたら、今日くらいまではギブスで固定する処置をしていたでしょう。しかし今さらしょうがないので、何もしません。この後3週間ほどは大事にして固まるのを待ち、それ以降はできるだけ動かすようにしてリハビリしてください。
(と)走るのはどうでしょうか? 今度の日曜日は山を走る大会に出るようにしてますが。
(Dr)走るのは構わないので、それはいいです。その後の予定は?
(と)その翌週がフルマラソンで、さらに次の週末は仲間と山を走る計画があります。
(Dr)それらはOKだが、転ぶ時は左手ではなく右手を突くように。鉄棒、腕立て伏せ、スキーなど、手首を押したり引っ張ったり、力が加わることは禁止です。なるべく左手は使わないようにしなさい。
(と)了解です。

ということで、手負いのランナーはとりあえず週末のトレイルの大会に参加できそうです。ただし、“お手つき”厳禁。カルタ大会なら無理なところでした。

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

【追記(2月8日19時)】
大事をとって、明日のトレイルはDNSすることにします。
初めて参加する大会で、どうやら岩やロープを摑んで進むところはなさそうですが、岩場を含む急な登り下りはあるようです。転ばないように気をつけながら走るつもりでしたが、ヒヤヒヤしながらでは楽しめないと思い、行かないことを決めました。ご心配をおかけしました。



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posted by との at 12:12| 鳥取 ☔| Comment(2) | 非日常的な日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする