2020年05月24日

禁断の県境越え? ロンリーマラニック



新型コロナの感染者数「0」の岩手県は別格として、わが鳥取県のそれは同県に次いで少ない3人だけ。全国第2位の好成績をキープしています。とはいえ平井知事さんは緊急事態宣言が解除後も、「引き続き県境をまたいだ往来を控えるように」と県民に呼び掛け、隣の島根県知事さんも同様のコメントをしています。

ということで、私も引き続き「良い子は他県に行きません」をモットーに、自制的なランを継続中です。しかしこれは、逆に言えば県境までは行っても良いということなので、怖いもの見たさにこれをやってみることにしました。名付けて『禁断の県境越え? ロンリーマラニック』の、はじまり、はじまり〜〜〜!!
ということで、時は5月23日(土)の午前8時40分。私は道の駅『大山恵みの里』から、誰の見送りも受けることなく、一人でそっとスタートしたのでありました。

道の駅.jpg

1キロあまり走っていったん国道9号線に出ましたが、すぐに「旧国道」と言われている方にコースを変えます。こちらは、より日本海に近いので、夏色に変わりつつある海の色や、風車の立ち並ぶ光景を眺めながら進むことができました。

風車と日本海.jpg

それでも5キロ地点を少し過ぎると、この路線も9号線と合流してしまいます。休日なので比較的車は少なく、歩道も広いので問題なく走れそう。

9号線.jpg

と思ったのもつかの間、所々で歩道が50センチほどに狭まっており、しかも生い茂る草のため、一時的に車道に出なければならない場面もありました。

歩道が狭い.jpg

淀江に入ってからは再び9号線から離れ、漁港の道路や海側のバイパスを走ります。

淀江漁港.jpg

日野川の河川敷にあるスポーツ広場では、子どもたちがサッカーを楽しんでいる姿がありました。緊急事態宣言の発令中は、たぶん見られなかった光景だろうと思います。日常の生活が、徐々に取り戻されつつあるのでしょう。

日野川のスポーツ場.jpg

その後、国道431号線を少し走ってから、左折して皆生道路へ入ると、そのまま9号線へと繋がっていきます。

皆生道路.jpg

米子市の中心部にある高島屋前でも、車はほどほどに走っているものの、人の姿はほどんどありません。とはいえ、実は何時でもこんな様子なので、別にステイホームの影響を受けているからという訳ではないと思います。


高島屋前.jpg

さて、そうこうしているうちに、市街地を抜けたところにある県境の碑の前に到着しました。ここまでに走った距離は24キロです。
それにしてもここではてっきり、パトカーが車道の中央に横向けで停められ、鳥取県警と島根県警の警察官が数十人、それぞれ拳銃を持って向き合い、アリの子一匹通さない構えで対峙しているのだろうと思っていました。しかしその姿はまったくなく、車が普通に行き交っているではありませんか。
通り過ぎる車のドライバーの横顔を見ても、悪びれたところはまったくなく、往来の自粛がなされている気配は微塵もありません。嗚呼、この人達は両県知事の訴えを、いったいなんと心得ているのでありましょうか!

県境碑(鳥取県側から).jpg

とまあ、人様のことを頓着するのはとりあえず横に置き、はてさて自分の足をここで一歩、島根県側に踏み出すべきかどうかはたと迷い、心は千々に乱れるのであります。
「せっかくここまで来たのだから、一歩くらいはいいのではないか」とささやく悪い子の私。「いやいやダメだ。県民が知事の要請に背くようなことをしてはならぬ」と言う良い子の私。私の中の二つの人格が、静かに闘っていました。この葛藤はしばらく続きましたが結局、私の高潔な良心は愚かな欲望に勝利し、前に差し出していた足を、そっと後ろに引き戻したのであります。どうです、私のことを少しは見直しましたか?

県境碑(超えてはいけない).jpg

ちなみに、この地点を島根県側から見ると、こういう感じです。えっ、なにかご不審な点でも?

県境碑(島根側から).jpg

さて、県境を見に来るというこの日の目的は果たしたので、もし復路も往路と同じルートをとれば、帰りのランは単なる消化試合となってしまいます。これを嫌った私は、少しだけ南進してJRの線路を超え、いわゆる「駅裏」の方へ向かって行きました。
市街地を抜けて日野川を渡る時には、県の有形文化財に指定されている6連トラス型の旧日野橋を通ることになります。91年前に作られたこの橋の長さは366メートル。現在は車の通行が禁止されており、人と2輪車しか通れません。この時は、文字通りの貸切状態で渡り切りました。



旧日野橋.jpg

昼も過ぎて小腹が空いたので、ローソンでお茶とおにぎりを買うことにします。このとき初めてマスクを着用しましたが、アベノマスクはまだ届いていないので、使ったのは「ボクノマスク」でした。

ボクノマスク.jpg

その後は、山陰道の測道や農道など、寄り道や迂回を繰り返して進んでいきます。今までも何度か通ったはずの道端に石仏があるのことに、この日初めて気づきました。

路傍の石仏.jpg

大山町に入ってからも、滅多に通らない農道に入るなどの“お遊びラン”で距離を稼ぎます。

農道.jpg

帰り着いたら、距離は50キロを少し超えていました。強い日射しの中を遊び過たのか、ちょっとだけ疲れた気分です。

ログ.jpg



にほんブログ村ランキングに参加しています。
よかったら ポチッとお願いします。
    ↓

にほんブログ村
 
ラベル:マラニック
posted by との at 08:36| 鳥取 ☀| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月18日

大山へ向かってぼっちラン



新型コロナの影響で、当面予定されていたランニング大会はことごとく中止か延期。そんな中、日本ランニング協会と日本トレイルランニング協会は、グループでの活動自粛を呼びかけ。さらに山岳四団体からは、登山の自粛要請も出されています。

ランナーにとってはせち辛い世の中ではありますが、幸いにも私の場合は田舎住まいなので、人との接触がない「0密」のコースにはこと欠きません。しかし、そんなところを一人で闇雲に走るのも、2か月、3か月と続くとさすがに飽きてきました。はっきり言って、刺激が無さすぎです。
ということで、仕事が休みだった5月13日(水)は大山へ向かい、ちょっとイベントらしく走ってみることにしました。名付けて『大山へ向かってぼっちラン』。
スタートは、近所にある「三人五輪」の前からにしました。えっ、「何だそれ?」ですって。それはね、南北朝時代に後醍醐天皇を助けて建武の中興の立役者となった、この地の武将である名和長年と、長男の義高、三男の高光の首塚と伝えられる3つ並んだ五輪塔のことなんですよ。建武の新政が崩壊する前に、足利尊氏らとの間で行われた一連の戦いが「建武の“乱”」と言われていることから、「乱」にちなんでこの日のRUNはここからはじめようと・・・。ううっ、我ながら苦しいこじつけ。

三人五輪2.jpg

さて、この日は午前8時20分に走り出しましたが、往路はずっと上り基調なので、超スローペースです。途中の道路脇の芝畑では、芝の出荷作業の真っ最中。その先にあるはずの大山は、雲に隠れてこの時点ではまだ見えません。

芝畑.jpg

1時間ほどかけてようやく7キロ先の神田高原へ。道路脇に目をやると、ひとかたまりの綿毛の集団。その長く太い茎を見て、これが日本タンポポのそれとわかりましたが、里の方で目にするタンポポは近年、外来種ばかり。日本のそれを目にしたのは久しぶりなので、なんだかホッとした気分です。

日本タンポポ.jpg

さらに3キロほど進んで香取高原が近くなったところで、車道に小ぶりなヘビを発見。一瞬、マムシかと思って身構えましたが、太さも色も紋様も違う、初めて見る種類のものでした。

ヘビ.jpg

香取集落を通り抜けるとき、上り勾配がしだいにその角度を上げながら、真っ直ぐに伸びている区間があります。その先にそびえ立つのは大山北壁。私はこの風景が、とても気に入っています。

北壁に向かう道路.jpg

ここを過ぎるとブナの樹が多くなります。川床橋あたりでは、新緑の鮮やかさに圧倒されそうでした。

川床橋.jpg

午前11時20分頃、中の原スキー場ゲレンデの下に差しかかった私のすぐ目の前を、大きなタヌキが悠然と横切っていきました。その図太い態度に呆れてしまったため、ポーチからカメラを取り出すのが一瞬遅れてしまい、残念ながらその姿を撮ることはできません。

中の原スキー場.jpg

博労座の大山ナショナルパークセンターへ着いたのは午前11時半。玄関には「緊急事態宣言のため閉館」という紙が貼られていました。

NPC.jpg

大山寺の参道を通ってみましたが、人の姿はほどんどありません。なお、参道市場は閉まっていましたが、豪円湯院とモンベルは営業していました。

大山寺参道.jpg 

その後、登山道入口の前にきます。登山をするつもりはありませんでしたが、この先から大山寺境内へ抜ける「僧兵コース」と名付けられた山道を抜けてみようと思い、さらに進んでいきます。

登山道入口.jpg

このコースは、途中に利生水、風穴、釈迦堂がある数百メートルの古道となっています。

僧兵コース.jpg

しかし利生水までは行けたのですが、

利生水.jpg

その先は土砂崩れと倒木のために、立ち入り禁止。やむなくここで引き返します。

立入禁止.jpg

こうしてしばらくウロウロした後で博労座まで引き返した時、なにげなくスマホをチェックしたら、米子市のテッシーさんから、「いまNPC」というメッセージが3分前に入っていました。
実はそれぞれが大山寺へ走りに来るということは、この日の朝に情報交換していたのですが、出発地点もコースも違うので時間は約束せず、「運が良ければ会えるかもね」というこで終わっていました。もしかしたら赤い糸で結ばれているのかもしれない二人は、リュックに入れていたおにぎりや豆類等を取り出し、一緒にランチをしたのであります。

テッシー.jpg

この後、大山道路を併走して下っていきましたが、明間の森で左折するテッシーさんと別れ、私はそのまま直進します。そして佐摩の交差点に来たところで右折し、名和方面へと帰っていきました。途中、水を蓄えた川手川ダムや、田植えを終えたばかりの水田などを見ながら進み、午後3時過ぎにようやく帰り着きました。

川手川ダム.jpg

谷田の水田.jpg

ということで、この日のプチイベントは結局、往路18キロ、大山寺ウロウロ2キロ、帰路17キロ、計37キロののんびりランでありました。

ルート.jpg



にほんブログ村ランキングに参加しています。
よかったら ポチッとお願いします。
    ↓

にほんブログ村
 
ラベル:マラニック
posted by との at 23:36| 鳥取 ☔| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月02日

奥出雲おろちよお前もか? 心変わりでまさかの返金対応


「奥出雲ウルトラおろち100Km遠足」の実行委員会から一昨日、クロネコヤマトの宅急便が届きました。その中には、私が4月29日のブログで「別にほしくもない」と皮肉った大会の参加賞等が入っていました。同封されていた大会委員長の手紙には、「参加費は返金させていただきます」との一文。返金は、これまでに費やした経費等を差し引き、5月中旬頃に郵便為替で送付されるそうです。
3月4日の大会中止のアナウンスにあった「申込規約に基づき参加料の返金はいたしません」というスーパードライな方針は、50日以上の時を経てようやく撤回され、まさかの返金対応がとられることになったのです。


宅急便3.jpg

送付物の中には、木製の完走メダルも入っていました。ちなみに奥出雲町の横田地区は、国の伝統的工芸品に指定されている「雲州そろばん」発祥の地。その卓越した技術で作られたメダルは、さすがに見事な出来栄えです。
私にとってはこれが4個目になりますが、本来は完走者に授与されるものなので、エントリーしただけでもらえた今回の“未”完走メダルを、首に掛ける気にはなりません。過去にこの大会の完走メダルが、300円でメルカリに出ていたことがありますが、さすがにそれもどうかと思うので、このままタンスへ仕舞い込むことにします。

完走メダル.jpg

ところで、送られてきたTシャツのサイズを見てビックリです。私は「M」を指定したのに、なんと「O」ではありませんか。思わず「おーーー!」と叫んでしまいました。体も度量も蚤のように極小な私なので、「S」ならともかく「L」でも無理。ましてや「O」サイズのシャツなんて、生まれてこのかた袖を通したこともありません。
「もしかしたら、エントリーの時に選択を間違えたのだろうか?」と首を傾げていたとき、米子市のテッシーさんからSNSで、「おろちのT シャツ、M を申込んだのに、届いたのは S サイズ」とのぼやきメッセージが送られてきました。私の事情を伝えると、「酷い」と一言。このやりとりに鳥取市のワイチさんが、「Lの注文にMでした。デタラメですね!」と怒りのコメントで割り込んできます。
まさか奥出雲のスタッフさんが、目をつぶって「エイヤー!」と封入された訳ではないでしょうから、おそらく悪意のない単純ミスだったのでしょう。いやむしろ、われら鳥取の三馬鹿ランナーの日頃の行いがあまりにも悪いので神様が、稀有な確率での偶然に見える形で天罰を下されたのかもしれません。とまあ、そういうことにしておきましょう。
それにしてもこのままでは具合が悪いので、私の「O」をちと大きいけどLサイズのワイチさんへ、ワイチさんの「M」をぴったりMサイズのテッシーさんへ、そしてテッシーさんの「S」をちと小さいけどMサイズの私へという、トライアングル交換をすることで話がまとまりました。いわゆる“三角関係”も、どうやら悪いことばかりではないようです。

サイズは.jpg

さて話は前後しますが、私は3日前の4月29日にアップした『新型コロナで大会はのきなみ中止、だからひっそりぼっちラン』というテーマのグログ記事で、私がエントリーしていて中止になった8つの大会のうち、奥出雲のウルトラマラソンだけが返金や延期の処置をとらなかったという趣旨の発信をしました。
しかしその直後、ブログを読んだ善通寺市のSさんから、「奥出雲のオロチは急に心変わりをして一部返金になったようです」との連絡がきます。それは知らなかったので、「その情報はどこから?」と尋ねたところ、大会の公式HPに載っているとの返答でした。
私は記事を書くに直前にもHPを見ていますが、そのような情報があることに気づきませんでした。Sさんの指摘を受けてあらためて確認したところ、トップページの左下のところに、私が記事をアップする2日前の4月27日の日付で、「第6回大会にエントリー頂きました皆様へ」という新着情報のタイトル。それは極ごく控えめで、Mac Bookの13インチディスプレイにはゴマ粒と見まごうほど小さなフォントで表示されていました。そしてこれをクリックすると確かに、宅配便で送られてきた大会委員長からの手紙と同趣旨の文面があるページへ飛んでいきます。
私が確認していたのは、中央上部にある目だつピンク色の「中止のお知らせ」というボタンでしたが、これをクリックするとやはり3月4日付けの「申込規約に基づき参加料の返金はいたしません」と記された以前の文書のページへ誘導されます。これを疑うことなく見ていた私は、完全に騙されていたのです。
いやいや元へ。ひとえに私が迂闊でした。「確認不足」と言われれば、返す言葉もありません。投稿2日前のこの情報を見逃したまま、「奥出雲のウルトラだけは何の対応もされなかった」という趣旨の、その時点では事実と異なる記事をアップしてしまったのです。これは「奥出雲ウルトラおろち100Km遠足」の関係者の皆様に対し、きわめて失礼で申し開きのできない失態でした。

大会HP.jpg

とういことで、切腹するほどの重罪ではないにせよ、なんらかの形で落とし前はつけなければなりません。
私はこのことに最初に触れた3月28日の『新型コロナによる大会中止で、こんなに違う“配慮のあるなし”』というタイトルのブログ記事で、「(奥出雲おろちとは)今後は少し、距離を置こうと思います」と捨て台詞を吐きました。実はその時、「これから3年間はエントリーしまい」と堅く心に決めていました。今回の方針変更で「奥出雲おろち」も他の大会のように配慮をされることがわかったので、この縛りは外してもよいことになりますが、犯してしまったミスの責任をとるための自粛という意味で、「来年1年間だけはエントリーしない」ことにします。
ということで再来年以降のことにはなりますが、もしも私の体力・気力・走力が残っていたら、4度目のおろち退治に向かおうと思います。それまで首を洗って待ってろよ、奥出雲おろち!
えっ、「再来年のことを言うとおろちが笑う」ですって? (ガクッ・・・)



にほんブログ村ランキングに参加しています。
よかったら ポチッとお願いします。
    ↓

にほんブログ村
 
posted by との at 11:52| 鳥取 | Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする