2017年05月13日

川の道フットレース(日本横断ステージ・2/2)


両神荘での4時間あまりの休息で、足裏の痛みが治まったかどうか気がかりでした。少し歩いて体をほぐしてから、ゆっくりと走り出してみると、どうやら大丈夫そう。ペースは遅いものの、走れることが嬉しかったです。

走る.jpg

しかしコースは微妙な上り。2晩目を迎える頃には、体力の消耗とぶり返してきた足裏の痛みのため、再び歩いている私でした。


歩く.jpg



その後、ゆっくりした走りと歩きを繰り返しながらだいぶ標高を上げ、志賀坂トンネル手前のチェックポイントへ来ました。ここで、しばらく前から併走していた若いランナーに、「足の裏が痛くて、あまり走れないよ」と話しかけたら、「ロキソニンをもってますけど、飲みますか?」と聞いてくれました。そう言えば、私も膝痛の対策としてロキソニンは持っていたのに、そのことをすっかり忘れていたのです。ランナーの好意に礼を言い,ザックを降ろしてロキソニンを取りだして1錠だけ飲みました。

効果はてきめん。トンネルを抜ける頃には嘘のように痛みが消え、それから続く長い長い下りを止まらずに走り続けることができたのです。


坂を下り切ったところで、埼玉県のSさんとしばらく併走することになります。この大会の完走者には、完走順に永久ナンバーが与えられます。私より7歳年上のSさんのザックについていたのはイエローの永久ナンバー。しかもその数字は「4」。当初から参加しているベテランランナーさんでした。
話かけて、トレーニング方法などいろいろ聞かせてもらいながら走りましたが、ぶどう峠の登りに差しかかる頃には引き離され、その背中が遠くなっていきました。


Sさん.jpg

標高1,510メートルのぶどう峠の登りは、行けどもいけども終わらず、本当にきついものでした。夜が明けるまでは暗闇で目の前のロードしか見えませんが、明け方近くなるとうっすらと先の方まで見渡せるようになります。そのとき、「もうすぐ峠を越えられるだろう」という期待に反し、そびえ立つ壁のような山肌が行く手を塞いでいることに気づきます。心が折れそうでしたが、止まらずに行くしかありません。
尋常ではない寒さにそれまでは耐えていましたが、まだまだ峠が終わらないことを知って観念し、ここで厚手のウィンドブレーカーを着込みました。

ぶどう峠.jpg

ようやくぶどう峠トップのチェックポイントへ着いたのは、2日の午前5時25分。両神荘を出てからの56キロは、13時間もかかる苦しいランとウォークでした。
 
ぶどう峠の山頂.jpg

食欲はありませんでしたが、前夜から何も食べていないのが気になっていたので、エイドのいなり寿司を2つつまんでからここを立ちます。中間点の小諸までは58キロ。「もう上りはないだろうから17時までには着くだろう」と、この時点では考えていました。
この時の私の後ろ姿を、土田日出男さんという方が写真に撮ってくださっていました。すでにパワーは感じられず、それどころか悲哀を漂わせているようなその背中は、この後の展開を予感しているようでした。


後ろ姿.jpg

膝や足裏にダメージを残さないよう、峠の下りはゆっくり行こうと決めていました。すぐに3人のグループに追い抜かれましたが、気にせずこれを見送ります。
1時間ほどかけて下り終え、平地に入ってからしばらくは“歩き時々走り”でいきました。そのうちに、峠で追い越された3人の姿が見えたので、少し速度を速めてこれに追いつき、話をしながら進みます。内陸なので、この時期なのに桜が満開。心が癒されます。

桜満開.jpg

3日目となるこの日も、ジリジリとした強い日差しが照りつけます。4人の口数はしだいに少なくなり、そのうちに集団がばらけていきました。4人の最後尾になってしまった私は、離されまいとしてピッチを上げようとしたとき、左足の親指にチクチクする痛みを感じました。
我慢してそのまま1キロほど進みましたが、痛みはますます強まってきます。「これはまずい」と道端に座り込み、左のシューズと靴下を脱いで確認しました。見ると、親指の爪の周りがみみず腫れのように盛り上がり、触れると強い痛みがあります。「しまった」と思いましたが、後の祭りです。気づくのが遅すぎました。
後で考えると原因はいくつか思い当たりますが、このときは、両神荘を出るときにシューズの紐を緩めにしたことによって、前夜からこの日の朝にかけて走った長い下りの場面で親指がシューズの内側に当たり、痛めてしまったものと考えました。遅ればせながら、紐をしっかりと結び直してみましたが、痛みの軽減にはあまり効果がありませんでした。

その後は悲惨なものです。228キロ地点のチェックポイントである小海大橋交差点へ着いたのが10時25分。ぶどう峠からは下りとフラットしかなかったのに、この間の20キロに5時間もかかっていました。なんと時速4キロのスローペースです。

痛みはその後も治まることはなく、しかも、左だけでなく右の指も同じような状態になってきました。ここで、前夜に劇的な効果を体感したロキソニンを再び服用してみましたが、痛みは引きませんでした。
そしてこの辺りでは、まるでエアポケットに入ってしまったかのように、前後のランナーがいなくなります。次の関門の制限時間まではまだ十分余裕があるのに、「もしかしたら、私が最終ランナーではないのか?」と、不安な気持ちになりました。

そんなとき、「お疲れ様です」という言葉とともに、一人のランナーがスッと私を追い抜いていきました。彼は走っていませでしたが、ポールを使いながら、時速5キロより少し早いくらいのスピードで、確実に進んでいました。
私は、「彼に付いていけば、時間内に完走できるのではないか」と歩きのピッチを上げ、離されそうになると時々走りを入れながら2時間以上、早歩きを続けました。

歩くランナー.jpg

そうして、16時35分に251キロ地点の佐久市・長戸呂東交差点に着ました。コース中間点で、第2レストポイントでもある「小諸グランドキャッスルホテル」までは、あと7.5キロ。ここで彼を追うのをやめ、気分転換も兼ねて、この角にあった「すき家」に入ります。すき家では、うな牛セットを注文しました。スタートしてから初めてのちゃんとした食事です。ここには1時間も滞在し、しっかりと鋭気を養いました。

うな牛.jpg

再びコースに出たとき、早歩きで進む3人のランナーと一緒になりました。しばらくはこれと争うように進み、しだいにばらけていく中で、私は2番目をキープしていました。
しかし、キャッスルホテルの1キロほど手前から両足の指の痛みは尋常でなくなり、歩き続けることも難しくなりました。
「どうしたら痛みを軽くできるか?」。考えた末に、シューズのインソールを抜いてみました。そうしたところ指がシューズに当たりにくくなり、ずいぶん楽になりました。しかしさらに進むと、やはり痛みがぶり返します。もう、どうしていいのかわかりませんでした。



小諸が近い.jpg

小諸グランドキャッスルホテルへの到着は、ちょうど19時でした。ここの到着関門時刻は、3日の午前0時で、午前8時までに出発しないといけないことになっています。時間的な余裕は十分ありますが、問題は足の指の痛みが治まるかどうかでした。
ホテルではゆっくり風呂に入りましたが、足の先は湯ではなく、水風呂に浸けてでアイシングをしました。
その後、ランナーの控室で明朝の出発に備えてウェアなどの準備をしていたら、神奈川県のMさんが、「調子が悪いですか?」と声をかけてくれました。たぶん、私の不甲斐ない走りを、どこかで見られたのでしょう。
Mさんとは5年前に別の大会で知りあいましたが、その時にいただいた名刺の裏に、完走された主な大会名が書いてありました。その中に「日本横断 川の道フットレース 520K」とあるのを見たことが、この大会を意識するきっかけでした。ちなみにMさんは520キロ部門をすでに2回完走しており、74歳になった今回は、最高齢ランナーとして見事に3度目の完走を果たしています。

Mさんの名刺.jpg

さて、あえて目覚ましをセットせず、午後9時半過ぎに眠りに落ちた私は、3日の午前1時に目覚めました。布団の中に横たわったまま、右足を左足の親指の爪に当ててみると、鋭い痛みが走りました。同じように、右足の親指もかなりの痛みを感じます。「まだ無理」と判断し、再度目を閉じました。

次に目覚めたのは、午前4時前。指の状態は、先ほどとさほど変わっていないようです。5キロや10キロならともかく、254キロもある後半のコースへ向かっていくことは、どう考えても無理でした。

「昨年完走したハーフでコース後半も制覇しているのだから、川の道はもういいじゃないか」と考えようとしました。また、「小諸まできたことで、来年もエントリー申請する資格は得ている」と、リタイアを受け入れる理由を探している自分がいました。決心がつかないまま布団から抜け出してシューズを履き、廊下を歩いてみましたが、やはり走れる状態ではありません。


1階へ降り、ロビーにいたスタッフに「リタイアします」と告げました。そして、5時半過ぎに出る朝一番の列車で帰郷することにし、荷物を整理してバッグにつめはじめました。峠で着たウィンドブレーカーを畳もうとしたとき、ポケットに名刺サイズのペーパーが入っていることに気づいて取り出します。それは、ぶどう峠の途中にある特設エイドでもらった、手作りの「日本横断走行券」でした。まじまじと券に見入ると、「途中下車不可」の文字。これを見て、可笑しさと悲しさが入り交じる複雑な気持ちになりました。

日本横断走行券.jpg


「完走できてもできなくても、チャレンジは今回一度切り」と決めて参加した「川の道」のフルは、残念な結果に終わりました。それでも振り返ると、長いコース上で目に焼き付いた多くの光景が鮮やかに蘇ります。私にとって、2年越でこの全線を辿った経験は、決して無意味なものではないと思っています。


(私の記録)
start
    30日 9:00 葛西臨海公園
CP1 50位    13:42 戸田市・彩湖(39.0Km)
CP3 45位    17:58 吉見町・桜堤公園入口(67.3Km)
CP6 55位  1日  2:36 寄居町・波久礼駅前T字路(110.6Km)
CP8 67位    12:09 小鹿野町・両神荘体育館(151.4Km)
CP13 79位  2日 19:00 小諸グランドキャッスルホテル(259.3Km)
* 完走率 77%(94/122人)
    

(了)


「日本横断ステージ 1/2」へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/449670608.html







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ラベル:超ウルトラ
posted by との at 23:29| 鳥取 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とのさん、お久しぶりです。この「川の道フットレース」以前軽井沢にいた時に毎年長野の友人が出ていましたのでそのレースにとのさんが出たのを知りびっくりしました。しかも小諸グランドキャッスルホテルで半分270kmも心も折れず最後まで頑張ったとのさんは凄い人だと改めて尊敬しています。こちら山陰で多分UTMBに出たのもとのさん一人だと思います。小諸は軽井沢から16kmそこのお風呂も何回か入っていますよ(笑)これからどんなチャレンジするのか楽しみにしていますね。まずはゆっくりと疲れを取り休んで下さいね
Posted by おぎちゃん at 2017年05月16日 11:45
> おきちゃんさん

コメントありがとうございます。
「川の道」はとてもハードでした。半分で終わったのに、まだ疲れがとれません。
なお、昨年出たUTMBは本当に良かったです。山陰からは、出雲市のNさんが3年くらい前に完走していますよ。参加の前に大山で出会い、アドバイスをもらいました。
なお、鳥取県からの参加は初めてだったと思いますが、私と同じ時に米子市のAさんも参加し、私より10分くらい早くゴールされてます。従って私は、Aさんとともに鳥取県初参加ですが、鳥取県初ゴールの栄冠はAさんのものです(笑)
Posted by との at 2017年05月16日 20:28
初めまして。川の道フットレースお疲れ様でした。私は32.5年で540以上ののレースを走っていますがウルトラマン100キロは61歳から始めて18回走りました。連続6回連続サブテン、9時間18分、19分、22分がベスト3です。。坐骨神経痛で脚が痺れてからの挑戦でしたので100キロ以上は走っていません。とのさんのコメントを見て自分には無理だと思いました。川の道で優勝された方や萩往還で10年連続完走して10年目には優勝された方とも一緒に練習したり飲み会で話を聞いたりもしました。川の道で優勝された方は一週間後に一緒に皇居で練習しましたがかなり疲れは取れましたと普通の走りをされていたので自分も出来るかなと勘違いしていました。先月は富士五湖100キロ(5回目)走り、来月は岩手銀河100キロ(8回目)を走ります。楽しく完走して来ます。
Posted by k.takao at 2017年05月19日 11:34
> k.takao さん

書き込みありがとうございます。
連続6回のサブテンとは、すごいですね。私は100キロマラソンは29回完走していますが、サブテンはただ一度だけ9時間48分と、かろうじて達成した1回しかありません。
川の道のリタイアについては、いろいろな原因が思い当たりますが、もっとも大きなものは、走れる脚ができていなかたということです。
昨年の2月に痛めた右膝がスッキリ治らないため、10月から3月までのトレーニングではほとんどロードを走らず、草地やトレッドミルでのランしかしませんでした。これで膝は改善したのですが、川の道では久しぶりに固いロードを長く走ったため、早い段階から足裏が痛くなったり、親指が腫れたりしたものと思います。
私は失敗しましたが、100キロ走れる人なら、川の道を完走できる可能性は十分あります。川の道の場合、いきなりフルへエントリーはできず、まずはハーフからの挑戦になります。ぜひチャレンジされたらいいと思いますよ。
Posted by との at 2017年05月19日 20:49
川の道 荒川河川敷で少しの間 ご一緒して話をさせていただいたゼッケン187です。偶然にこのブログを拝見し、コメントさせていただきました。
小諸でのリタイヤ 残念でしたね。とのさんのしっかりした走りのフォームやUTMBを完踏された走力から、川の道も完踏されると思っていました。
しっかりと休養され、次の一歩を踏み出されることを願っています。また、どこかの大会でお会いできれば幸いです。
Posted by マハラジャ at 2017年05月20日 11:49
> マハラジャさん

川の道完走、おめでとうございます。しかもいいタイムでのゴールは、さすがですね。
私は半分の3日で走りを終えたというのに、疲れがなかなかとれませんでした。もし完走していたら倍の6日間ですから、たぶん今頃もボーッとしていたに違いありません(笑)
今月末は「えびす・だいこく100キロ」、来月末は「サロマ」へ行きます。今度も親指が腫れないかと少し心配ですが、腫れても意地で完走するつもりです(大笑)
Posted by との at 2017年05月20日 15:40
レースお疲れ様でした。
ロードの500キロ私にはまだ想像すら出来るレベルではありませんが😱少しずつ、とのさんに近づいていきます。
私は5月13日の阿蘇ラウンドトレイルを走って(歩く)、初の100キロ完走しました。景色が最高でした❗オススメです☺
Posted by 藤本です at 2017年05月24日 21:36
阿蘇ラウンドトレイルにかかなり関心がありましたが、「震災で中止」との情報が一時あり、以降はノーマークでした。来年はぜひ出たいなあ。
Posted by との at 2017年05月25日 10:01
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