2017年06月19日

たまの休日、だからロンリーマラニック


昨年の春に定年退職してからは職に就かず、この一年余りはいわゆる「悠々自適な日々」を送っておりました。
昼間の過ごし方のメインは、スポーツジムへ通うこと。車で30分ほどのところにあるホリデイスポーツクラブ米子店に、平日会員として登録して通い詰め。なので、「仕事は何をしてますか?」と聞かれると、「ジムです」と答えることにしていました。
ところが以前に働いていた職場から、「忙しいのでしばらく手伝ってくれないか」とのオファーがあり、6月から「週4日以内の勤務」という条件で、事務補助の臨時職員として再び働きはじめました。したがって以降、「仕事は何ですか?」という質問の答えは、「事務です」に変わりました。

さて、勤めを再開してから、平日は週に1日くらいしか休めません。先週水曜日の14日は、たまの休日。久しぶりにマラニックを楽しむこととしました。
コースは、道の駅「大山恵みの里」をスタートして大山の方へ南進し、反時計回りにぐるりと回り帰ってくるというものです。

道の駅.jpg


県道や町道などを走れば30キロくらいのコースがとれるので、このあたりは普段からときどき走っています。しかし今回は、概ねそれに沿いながらも、できるだけメインな道路ではなく農道や林道を選ぶこととし、いつもより回り道をして隣の谷に入ったり、一つ先の尾根を越えて行くなどしてアレンジし、距離と標高を稼ぐようにしました。

芝畑のそばを走ったり、

芝畑.jpg

暗い林の中を通ったり、

山道.jpg

アップダウンが繰り返す道を行きました。

アップダウン.jpg

10キロほど走り、地域休養施設「夕陽の丘 神田」に到着。ここでは、持って来たおにぎりを2つ取り出し、ペロリとたいらげます。



山香荘でおにぎり.jpg

ここで進路を東に変え、楽仙開拓道路へ入りました。

楽仙開拓道路.jpg

ここから6キロほどの区間は、深い渓谷と尾根の繰り返し。そのため、隼(はやぶさ)、鳳(おおとり)、大鷹(おおたか)など、鳥の名前がつけられた橋が7つもあるので、「七鳥橋ロード」といわれています。

大鷹橋.jpg

橋の上からは、大山が見えました。

橋の上から大山が見える.jpg

この区間を終えて少し行ったところの交差点で、いつもなら左折して日本海の方へ北進するのですが、この日はあえて直進します。

交差点.jpg

一つ尾根を越して行くと、隣の琴浦町へと入りました。

琴浦町.jpg

石垣や疏水のある、長閑な風景が心を癒してくれます。



石垣と疏水の風景.jpg

このしばらく後、いままで通ったことのない道に入り、右や左と適当に進んで行きました。すると突然、目の前に鎮守の森が。これにはちょっと感動しました。

鎮守の森.jpg

さらに進み、道が突き当たったところは、国指定重要文化財の河本家住宅の前でした。そうか、この道はここに出るのか、と思ったしだいです。ここで左折し、西へと進路を変えます。

河本家住宅.jpg

しばらく走ると、トレーニングコースとしてよく使っている逢坂農免農道へ入ります。ここまでに、30キロほど走っていました。

逢阪農免農道.jpg

ここでも大山を仰ぎながら、残りのランを楽しみます。

大山を見ながらラスト.jpg

こうして
この日は、40キロあまりを6時間40分もかけてのダラダララン。いい休日を過ごしました。

コース.jpg



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タグ:マラニック
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2017年06月04日

2017 えびす・だいこく100Kmマラソン(後半)


さて、話題を走りに移しましょう。

この大会の制限時間は14時間。午前5時30分スタートなので、午後7時30分がゴール関門時刻となります。私の過去7回の成績は、最速が10時間19分、最も遅かったのが12時間9分。残りの5回は、いずれも11時間台のゴールでした。従って、「概ね12時間以内にゴールしている」と言えます。
しかし、このところ調子が万全ではなくアクシデントが怖かったことと、この日はかなりの暑さが予想されたので、時間内完走を至上命題とし、タイムを追わずに無理ない走りに徹することにしていました。
想定は、前半の50キロをキロ7分の走りで6時間。トンネル工事のために横手林道など2つの山を通らないコースに変更され、ほぼ平坦になった残りの50キロはキロ8分で走って、エイドでの休憩を含め7時間。これで計13時間なので、関門1時間前の午後6時30分にゴールというものでした。

そして実際はと言うと、いつものように序盤に飛び出すことはせずに、体幹を意識したフォームを心掛けながら、特に下り坂では慎重に足を運んでいきました。

前半については50キロ地点を通過したのが午前11時39分で、6時間9分。想定より9分遅れていますが、序盤のコース変更で例年よりアップダウンの部分がだいぶ増えていたので、このオーバーは止むないものと思いました。

50キロ地点(11時39分).jpg

チェリーロードを抜けた中盤あたりからは日陰がほとんどなくなり、予想どおり気温も上昇していました。消耗戦の予感です。

日陰がない(約56キロ地点).jpg

エイドは概ね5キロ毎にありますが、水やドリンクの一気飲みは食べ物を受け付けなくなることに繋がります。そのため私はボトルを携行し、走りながらチビチビと水分を摂るように心掛けました。

給水はちびりちびり.jpg

60キロ地点の通過が午後1時12分。この間の10キロに93分掛かっており、想定より10分ほど遅いペースです。しかしこの区間にはまだ若干のアップダウンもあったことから、気にしないことにしました。それにしてもやはり暑く、我慢の走りが続きます。傍らを通り過ぎる微風が、せめてもの救いです。

60キロ地点(13時12分).jpg

宍道湖畔に出るところで、高校生とおぼしき2人の男子が、「ファイト!」と言いながら、旗で誘導してくれました。

宍道湖畔へ出る(約69キロ).jpg


そしてほどなく70キロ地点へ。この時の時刻が午後2時51分なので、この10キロになんと100分近く掛かっています。やはり暑さの影響なのでしょう。
高等数学どころか算数さえも苦手な私ですが、ここでは無い頭を絞って計算しました。すると、「このペースだと残す30キロに300分、つまり5時間かかる」との結果。ということはつまり、ゴール関門の午後7時30分を軽くオーバー。絶対に遅すぎます。「これはヤバい」と、ピッチを上げようとしました。

70キロ地点(14時51分).jpg

しかし意識とは裏腹に、強い日差と暑さでで頭がボーツとしたままで、体にムチが入りません。そんなとき、フォーゲルパーク前の芝生の上に、臨時のエイドが出ていました。ガブ飲みしないつもりだった冷たいドリンクを2杯3杯と飲み干し、スキッとした気分でここを出て行きました。


松江フォーゲルパーク前(13時1分・72.5キロ).jpg

80キロ地点の園エイドへの到着が、午後4時9分。この10キロは80分弱と、ようやく想定のペースで走れました。お腹も減っていたので、このエイドに2つだけ残っていたおにぎりのうちの1個をいただき、終盤の走りに備えます。


80キロ地点の園エイド(16時9分).jpg

90キロ地点を通過したのは、午後5時42分でした。再びペースが落ち、この10キロに93分を費やしていますが、ゴール関門までは108分も残っています。アクシデントさえなければ、完走は間違いないでしょう。


90キロ地点(17時42分).jpg

折しも夕刻が近づき、厳しかった日差もしだいに和らいできます。気温も下がるにつれ、しだいに力が蘇ってきました。
このあたりからは距離表示も1キロ毎に設置されており、ゴールが近づいて来るのが実感できます。「ここまできたら関門時刻の午後7時30分ではなく、午後7時前のゴールを目指そう」と頭を切り替えてピッチを上げます。そしてキロ8分、7分、6分、最後は5分台と、しだいにスピードを上げながらゴールへ向かっていきました。


日差が和らぐ(18時7分).jpg

振り返れば今回は、8回完走した中で最も苦しいレースでした。それでもどうにかゴールにたどり着き、恵比寿様と大黒様の祝福をいただくことができました。なにはともあれ、目出たしめでたし。

ゴールの光景.jpg


(私の記録)
タ イ ム 13時間26分18秒
総合順位 266位/552人(男女/出走数)
部門順位 229位/464人(男子/出走数)
完 走 率 67.6%(373/552人)


「前半」へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/450435511.html



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posted by との at 23:07| 鳥取 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

2017 えびす・だいこく100Kmマラソン(前半)


5月28日(日)は、「2017 えびす・だいこく100Kmマラソン」に出場し、島根半島を走り回ってきました。

私は2年振りの参加で、今回が8回目となります。ちなみに、いわゆる「100キロマラソン」を走るのは今回が30回目。過去29回走った大会はすべて時間内完走しており、初めの数回で自信をつけてからは、100キロを走ることに不安を持ったことはありません。

しかし、昨年の2月に右膝を故障してからはトレーニングが思うようにできず、この1年あまりは、大会に臨んでも思い切り走れないことが多くありました。
そのため今回はいつになく弱気。各関門での制限時間を記したペーパーを、そっとポーチに忍ばせての参加でした。

スタート前.jpg

午前5時30分に美保神社前をスタートし、美保湾を左手に見ながら西へ進んでいきます。

スタート直後.jpg

例年ですと7キロ地点で右折し、法田峠を越えて日本海側へ行くのですが、今年は道路工事のために、手前の5キロ地点から右折して島根半島を横断する上りへ入ります。

上り2.jpg

この日の天気は「気温が27度」と、7月上旬並みの暑さが予報されていました。日陰のなくなる中盤以降にも力を残しておかなければいけないので、例年よりかなりゆっくりしたスピードで走りました。


ピークを越えて下りをこなし、

下り.jpg

日本海側に入ると、美しい海岸の風景がランナーの目を奪います。

海岸線1.jpg

海に浮かぶ島や岩、漁村の風景など、そのまま絵はがきになりそうなシーンを、時おり足を止めながらカメラで切り取っていきました。


海岸線2.jpg


さて26キロ地点の笠浦エイドでは、おにぎり、みそ汁、バナナやオレンジの他、とってもおいしいイカの煮物が振る舞われるので、毎年とても楽しみにしています。ここでしっかりいただいて、エネルギーを補給しました。すでに気温が上がっていたこともあり、水分摂取も意識してスイカも3切れか4切れ食べました。

笠浦エイド.jpg


30キロを過ぎたあたりから、2キロほど続くチェリーロードへ入ります。

チェリーロード入口.jpg

この間アップダウンはあるものの、木陰の中を走れるので気持ちはくつろぎます。

チェリーロード.jpg

40キロ過ぎのロードから、眼下に見えるのは「須々海の洗濯板」。毎回「ほおっ」と思うのですが、雲一つない天気だったこの日は、ひときわ美しく見えました。

洗濯板.jpg

50キロ過ぎの海岸線にある、縦と横の地層が垂直に接した不思議な断層も見応えがあります。

断層の海岸.jpg

そういえば現在、島根半島を含むこの地域一帯を、日本ジオパークへの加盟を目指す「国引きジオパーク構想」があるそうで、大会の受付でいただいた封筒に、パンフレットが同封されていました。
すでに、京丹後市から鳥取市にかけては、「山陰海岸ジオパーク」として、日本ジオパークと世界ジオパークに加盟しています。島根県のこの地域がこれに劣るものとは思わないので、この構想には私も大いに賛同したいところです。
ただし・・・。毎回同じようなことは言いたくないので、今回は触れないつもりでしたが、そういう話題が出てくれば、やはり黙してはいられません。それは、これらの美しい海岸線を噛みちぎるかのように存在する島根原発のこと。毎回、見るたびにそのエリアは広がりつつあります。

切り取られた山肌を這う巨大なヘビにも見える、コンクリート製の新たな構造物。

トンネル?.jpg

「立入禁止」、「警備強化」、「撮影はご遠慮ください」などと穏やかでない文字がならぶ看板や、おびただしい数の監視カメラ。

撮影禁止の看板.jpg

さらには、広大な施設が延々と続く有刺鉄線で囲まれている無粋な光景は、「国引きジオパーク」に、いかにも似つかわしくありません。

島根原発.jpg

そしてなにより、原発そのものの危険性や欺瞞性は、島根半島の素朴な美しさと根源的に相容れません。
「いつか原発のないこの半島を走りたい」という願いが、決して夢で終わってほしくないとあらためて思いました。


「後半」へ進む → http://t-tono.seesaa.net/article/450536009.html



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タグ:ウルトラ
posted by との at 22:05| 鳥取 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月13日

川の道フットレース(日本横断ステージ・2/2)


両神荘での4時間あまりの休息で、足裏の痛みが治まったかどうか気がかりでした。少し歩いて体をほぐしてから、ゆっくりと走り出してみると、どうやら大丈夫そう。ペースは遅いものの、走れることが嬉しかったです。

走る.jpg

しかしコースは微妙な上り。2晩目を迎える頃には、体力の消耗とぶり返してきた足裏の痛みのため、再び歩いている私でした。


歩く.jpg



その後、ゆっくりした走りと歩きを繰り返しながらだいぶ標高を上げ、志賀坂トンネル手前のチェックポイントへ来ました。ここで、しばらく前から併走していた若いランナーに、「足の裏が痛くて、あまり走れないよ」と話しかけたら、「ロキソニンをもってますけど、飲みますか?」と聞いてくれました。そう言えば、私も膝痛の対策としてロキソニンは持っていたのに、そのことをすっかり忘れていたのです。ランナーの好意に礼を言い,ザックを降ろしてロキソニンを取りだして1錠だけ飲みました。

効果はてきめん。トンネルを抜ける頃には嘘のように痛みが消え、それから続く長い長い下りを止まらずに走り続けることができたのです。


坂を下り切ったところで、埼玉県のSさんとしばらく併走することになります。この大会の完走者には、完走順に永久ナンバーが与えられます。私より7歳年上のSさんのザックについていたのはイエローの永久ナンバー。しかもその数字は「4」。当初から参加しているベテランランナーさんでした。
話かけて、トレーニング方法などいろいろ聞かせてもらいながら走りましたが、ぶどう峠の登りに差しかかる頃には引き離され、その背中が遠くなっていきました。


Sさん.jpg

標高1,510メートルのぶどう峠の登りは、行けどもいけども終わらず、本当にきついものでした。夜が明けるまでは暗闇で目の前のロードしか見えませんが、明け方近くなるとうっすらと先の方まで見渡せるようになります。そのとき、「もうすぐ峠を越えられるだろう」という期待に反し、そびえ立つ壁のような山肌が行く手を塞いでいることに気づきます。心が折れそうでしたが、止まらずに行くしかありません。
尋常ではない寒さにそれまでは耐えていましたが、まだまだ峠が終わらないことを知って観念し、ここで厚手のウィンドブレーカーを着込みました。

ぶどう峠.jpg

ようやくぶどう峠トップのチェックポイントへ着いたのは、2日の午前5時25分。両神荘を出てからの56キロは、13時間もかかる苦しいランとウォークでした。
 
ぶどう峠の山頂.jpg

食欲はありませんでしたが、前夜から何も食べていないのが気になっていたので、エイドのいなり寿司を2つつまんでからここを立ちます。中間点の小諸までは58キロ。「もう上りはないだろうから17時までには着くだろう」と、この時点では考えていました。
この時の私の後ろ姿を、土田日出男さんという方が写真に撮ってくださっていました。すでにパワーは感じられず、それどころか悲哀を漂わせているようなその背中は、この後の展開を予感しているようでした。


後ろ姿.jpg

膝や足裏にダメージを残さないよう、峠の下りはゆっくり行こうと決めていました。すぐに3人のグループに追い抜かれましたが、気にせずこれを見送ります。
1時間ほどかけて下り終え、平地に入ってからしばらくは“歩き時々走り”でいきました。そのうちに、峠で追い越された3人の姿が見えたので、少し速度を速めてこれに追いつき、話をしながら進みます。内陸なので、この時期なのに桜が満開。心が癒されます。

桜満開.jpg

3日目となるこの日も、ジリジリとした強い日差しが照りつけます。4人の口数はしだいに少なくなり、そのうちに集団がばらけていきました。4人の最後尾になってしまった私は、離されまいとしてピッチを上げようとしたとき、左足の親指にチクチクする痛みを感じました。
我慢してそのまま1キロほど進みましたが、痛みはますます強まってきます。「これはまずい」と道端に座り込み、左のシューズと靴下を脱いで確認しました。見ると、親指の爪の周りがみみず腫れのように盛り上がり、触れると強い痛みがあります。「しまった」と思いましたが、後の祭りです。気づくのが遅すぎました。
後で考えると原因はいくつか思い当たりますが、このときは、両神荘を出るときにシューズの紐を緩めにしたことによって、前夜からこの日の朝にかけて走った長い下りの場面で親指がシューズの内側に当たり、痛めてしまったものと考えました。遅ればせながら、紐をしっかりと結び直してみましたが、痛みの軽減にはあまり効果がありませんでした。

その後は悲惨なものです。228キロ地点のチェックポイントである小海大橋交差点へ着いたのが10時25分。ぶどう峠からは下りとフラットしかなかったのに、この間の20キロに5時間もかかっていました。なんと時速4キロのスローペースです。

痛みはその後も治まることはなく、しかも、左だけでなく右の指も同じような状態になってきました。ここで、前夜に劇的な効果を体感したロキソニンを再び服用してみましたが、痛みは引きませんでした。
そしてこの辺りでは、まるでエアポケットに入ってしまったかのように、前後のランナーがいなくなります。次の関門の制限時間まではまだ十分余裕があるのに、「もしかしたら、私が最終ランナーではないのか?」と、不安な気持ちになりました。

そんなとき、「お疲れ様です」という言葉とともに、一人のランナーがスッと私を追い抜いていきました。彼は走っていませでしたが、ポールを使いながら、時速5キロより少し早いくらいのスピードで、確実に進んでいました。
私は、「彼に付いていけば、時間内に完走できるのではないか」と歩きのピッチを上げ、離されそうになると時々走りを入れながら2時間以上、早歩きを続けました。

歩くランナー.jpg

そうして、16時35分に251キロ地点の佐久市・長戸呂東交差点に着ました。コース中間点で、第2レストポイントでもある「小諸グランドキャッスルホテル」までは、あと7.5キロ。ここで彼を追うのをやめ、気分転換も兼ねて、この角にあった「すき家」に入ります。すき家では、うな牛セットを注文しました。スタートしてから初めてのちゃんとした食事です。ここには1時間も滞在し、しっかりと鋭気を養いました。

うな牛.jpg

再びコースに出たとき、早歩きで進む3人のランナーと一緒になりました。しばらくはこれと争うように進み、しだいにばらけていく中で、私は2番目をキープしていました。
しかし、キャッスルホテルの1キロほど手前から両足の指の痛みは尋常でなくなり、歩き続けることも難しくなりました。
「どうしたら痛みを軽くできるか?」。考えた末に、シューズのインソールを抜いてみました。そうしたところ指がシューズに当たりにくくなり、ずいぶん楽になりました。しかしさらに進むと、やはり痛みがぶり返します。もう、どうしていいのかわかりませんでした。



小諸が近い.jpg

小諸グランドキャッスルホテルへの到着は、ちょうど19時でした。ここの到着関門時刻は、3日の午前0時で、午前8時までに出発しないといけないことになっています。時間的な余裕は十分ありますが、問題は足の指の痛みが治まるかどうかでした。
ホテルではゆっくり風呂に入りましたが、足の先は湯ではなく、水風呂に浸けてでアイシングをしました。
その後、ランナーの控室で明朝の出発に備えてウェアなどの準備をしていたら、神奈川県のMさんが、「調子が悪いですか?」と声をかけてくれました。たぶん、私の不甲斐ない走りを、どこかで見られたのでしょう。
Mさんとは5年前ほど前に別の大会で知りあいましたが、その時にいただいた名刺の裏に、完走された主な大会名が書いてありました。その中に「日本横断 川の道フットレース 520K」とあるのを見たことが、この大会を意識するきっかけでした。ちなみにMさんは520キロ部門をすでに2回完走しており、74歳になった今回は、最高齢ランナーとして見事に3度目の完走を果たしています。

Mさんの名刺.jpg

さて、あえて目覚ましをセットせず、午後9時半過ぎに眠りに落ちた私は、3日の午前1時に目覚めました。布団の中に横たわったまま、右足を左足の親指の爪に当ててみると、鋭い痛みが走りました。同じように、右足の親指もかなりの痛みを感じます。「まだ無理」と判断し、再度目を閉じました。

次に目覚めたのは、午前4時前。指の状態は、先ほどとさほど変わっていないようです。5キロや10キロならともかく、254キロもある後半のコースへ向かっていくことは、どう考えても無理でした。

「昨年完走したハーフでコース後半も制覇しているのだから、川の道はもういいじゃないか」と考えようとしました。また、「小諸まできたことで、来年もエントリー申請する資格は得ている」と、リタイアを受け入れる理由を探している自分がいました。決心がつかないまま布団から抜け出してシューズを履き、廊下を歩いてみましたが、やはり走れる状態ではありません。


1階へ降り、ロビーにいたスタッフに「リタイアします」と告げました。そして、5時半過ぎに出る朝一番の列車で帰郷することにし、荷物を整理してバッグにつめはじめました。峠で着たウィンドブレーカーを畳もうとしたとき、ポケットに名刺サイズのペーパーが入っていることに気づいて取り出します。それは、ぶどう峠の途中にある特設エイドでもらった、手作りの「日本横断走行券」でした。まじまじと券に見入ると、「途中下車不可」の文字。これを見て、可笑しさと悲しさが入り交じる複雑な気持ちになりました。

日本横断走行券.jpg


「完走できてもできなくても、チャレンジは今回一度切り」と決めて参加した「川の道」のフルは、残念な結果に終わりました。それでも振り返ると、長いコース上で目に焼き付いた多くの光景が鮮やかに蘇ります。私にとって、2年越でこの全線を辿った経験は、決して無意味なものではないと思っています。


(私の記録)
start
    30日 9:00 葛西臨海公園
CP1 50位    13:42 戸田市・彩湖(39.0Km)
CP3 45位    17:58 吉見町・桜堤公園入口(67.3Km)
CP6 55位  1日  2:36 寄居町・波久礼駅前T字路(110.6Km)
CP8 67位    12:09 小鹿野町・両神荘体育館(151.4Km)
CP13 79位  2日 19:00 小諸グランドキャッスルホテル(259.3Km)
* 完走率 77%(94/122人)
    

(了)


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posted by との at 23:29| 鳥取 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする