2016年09月22日

2016三原・白竜湖トレイルランレース


9月18日(日)は、広島県三原市で開催された「2016三原・白竜湖トレイルランレース」に参加しました。

この大会は、37キロのロングと20キロのショートの2部門があります。私はロング部門にエントリーしていたのですが、前夜の大雨でコースが荒れたため急きょ、ロング部門もショートコースを使って行われることになりました。

スタートの時刻も、午前7時の予定が9時30分に繰り延べ。6時前には会場の白竜湖スポーツ村公園に着いていた私は、珍しく余裕のスタンバイです。といっても、この待ち時間に何をしようもないので、他の多くのランナーに習い、白竜ドームのアリーナでごろ寝をして過ごしました。



アリーナで寝て待つ.jpg

9時からは、この大会のレースアドバイザーである奥宮俊祐さん直々のコース説明。

奥宮さんのコース説明.jpg

続いておこなわれたストレッチ体操も、ありがたやもったいなや、同じく奥宮さんの指導でありました。この豪華なオープニングには、とってもお得感がありました。


奥宮さんのストレッチ.jpg

さて、いよいよスタートです。待ちくたびれていたランナーたちは「オーッ!」と気勢を上げた後、一斉に走り出しました。羊のように小心でおとなしい私以外は、まるで野に放たれた野獣のようです。


いざスタート.jpg

2キロほど舗装道路を走ってから、最初のトレイルへ。ここは400メートルで標高を一気に100メートル上げるところです。幸か不幸かラッシュ状態なので、中程を走っていた私は、抜くことも抜かれることもほとんどありませんでした。


序盤のトレイル.jpg

ピークを越えて登山道を下ると、その後はしばらく、アップダウンを繰り返しながら林道や舗装道路を走ります。中盤のトレイル入るところでは、2カ所か3カ所、ロープを使う急な斜面がありました。



ロープを使う.jpg

この日は、スタート直後から霧雨が降っていましたが、13キロ地点あたりから、その勢いが強まります。


雨が強まる.jpg

しばらく後に雨は再び弱まりましたが、これを契機に登山道の状況が一変。路面はぬかるみ、とても滑りやすくなりました。

路面がぬかるむ.jpg

それでも、コース中盤のこのあたりのトレイルは、「樹林トンネル」と名付けられたところもあり、とってもいい雰囲気です。

樹林トレイル.jpg

15キロ地点の観光農園給水所では、テーブルにブルーベリーや梨など4種類のジャムを乗せたパン、ブドウ、ミニトマト、さらには新米のおにぎりまで並べられていました。

奥宮さんがコース説明の際に、「ここで出るフルーツがいつも余っているようですが、おいしいのでしっかり食べてください」と言っていたこともありますが、どれもこれも本当に美味しいので結局、出されていたものを一通りいただきました。そういえば、しそジュースもうまかったなあ。

観光農園給水所.jpg

さて、この少し先から往路でも通った林道を逆方向に走り、その後、序盤にあったトレイル区間に戻ってきます。
しかし、遅い順位の私がここを通過する頃には、往路で走ったときとの登山道とは一変していました。「チリも積もれば山となる」という諺がありますが、私はこのとき思わず、「小雨も溜まれば池になる」とつぶやいていました。

私のすぐ前を行く女性ランナーが、水たまりを避けてその左端に沿って通り抜けようとしました。しかし、ぬかるんだ路面に足をとられて体のバランスを崩し、転倒しそうになって「キャッ!」と声をあげました。
これを目撃した私は、「あのような乙女ならともかく、私みたいなおっさんがキャーとかギャーとかぬかすのは見苦しい」と、あえてその真ん中を走り抜けました。それにしても、ここでくるぶしの5センチも上まで浸かってしまうとは、思いもしませんでした。

水たまりを避けるランナー.jpg

さて、往路で登ってくるときには何でもなかった急な登山道が、ズルズル、ニュルニュルの激下りとなり、最後に待ち構えていました。
前後を行くランナーの多くは走っていません。というより、走るのはとても難しい状況でした。歩いているランナーでさえ、次々と滑って転倒しています。
珍しく一度も転倒していなかった私はここで、「ゴールまで転倒せずにいく」という、トレイルランナーとしては「はあっ?」というような目標を初めて設定。タイムも順位も度外視し、恥も外聞もかなぐり捨て、コース脇の枝や草をつかみながらよちよち歩きで下っていきました。

歩くランナー.jpg

そして目出たく、この「お笑い」のような目標を達成し、ゴールへとたどり着いたのであります。


ゴールの光景.jpg


(私の記録)
タ イ ム 3時間22分34秒
総合順位  216位/309人(ロングコース男子・エントリー数)
年代別順位  33位/ 58人(50歳以上ロングコース男子・エントリー数)



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タグ:トレイル
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2016年09月11日

UTMB2016(その5:トリエンからゴールまで)


トリエンからからゴールのシャモニーまで、距離は29キロですが、その間にはまだ2つの山越えが残っています。大山登山とほぼ同じスケールのカトーニュと、それを一回り大きくしたレベルのテットーバンです。まさに最後の難関に差しかかるところですが、夜明けとともに気力もみなぎってきました。ここまでくれば無心。ただ、ゴールに向かって突き進むだけです。

3キロあまりの間に700メートルも標高を上げるカトーニュの厳しい登り坂のことは、なぜか記憶にありません。しかし、これを超えたあとの長い下りの様子は、鮮明に覚えています。下りが苦手な私ですが、5人ほどのランナーの一団に混じって、つづら折りの登山道を全速力で駈け降りていきました。舞い上がる土煙が気管に取り込まれる不快さに耐えながら、「この群れから離れてなるものか」と、懸命に食らいついていきました。

次の関門であるバロシーヌのエイドへ到着したのは、午前10時14分。
エイドの前では、地元の人たちが「ブラボー!」と言って迎えてくれます。
このしばらく前から私は、応援への返事を「メルシー」ではなく、「ありがとう!」と日本語で返すようにしていました。
初めてそうしたのは、「日本人なんだからありがとうで≠「いか」と思ったからですが、その時に相手が、「アリガトウ? アッハッハッ、アリガトウ!」と、こちらが驚くほど喜んでくれたのです。
なので私の挨拶は、ここでももちろん「ありがとう!」です。

バロシーヌのエイド(10時13分・151キロ地点).jpg


このエイドでは、コーラとクラッカーを口に入れただけで、10時20分には早々と出ていきました。関門時間は、リスタートタイムで11時15分なので、余裕は55分です。出る前にエイドにいるランナーたちの表情を伺うと、皆一様に余裕があるように見えたので、少し安堵してのリスタートでした。

バロシーヌのエイド2(10時13分・151キロ地点).jpg

ここからモンテ峠までは、なだらかな上りが3キロほど続きます。走れないほどの勾配ではなかったのに、気のゆるみからか大半を歩いてしまい、到着するのに1時間近くもかかってしまいました。


そして、いよいよ最後の一山となるテットーバンへの登りにかかります。
初めは「岩の多い登山道」という感じでしたが、しだいにその傾斜がきつくなり、そのうちに「岩の斜面に取りつく」感覚になってきます。

テットーバンの登り(11時22分).jpg

前日に続き、この日も猛暑の様相。しかも折からの強い日差しが目の前の岩に照り返されるので、まさに灼熱地獄です。急に喉が渇きはじめ、何度も水を飲みました。大きな岩がつくる木陰で休んでいるランナーを見たときは、私も思わずその横に座り込んでいました。

岩の木陰で一休み(12時18分).jpg

それにしても、この山は不思議な山です。下から見て山頂と思われたところへ到達すると、まだその先に続く登山道が現われ、さらにその先の到達点と見える場所まで行くと、またその先の登りが見えてくる・・・そんなことが何度も繰り返される、いわばエンドレスな山≠ナありました。
ということで、どこまで行っても山頂が見えてこないのです。

テットーバンの登り2(12時18分).jpg

テットーバンの登り3(12時34分).jpg

こちとら、そんな山とはつゆ知らず、はじめに山頂と思われたところへ着いたときに余裕をこき、わざわざコースを外れて麓の街が見える撮影スポットを探して、「記念に」と写真を撮って喜んでいました。それにしても、なんて早とちりなやつなのでしょう。



テットーバンの登り4・下界を見る(12時44分).jpg

しかし、この長閑に過ごした時間はその直後から一転。あらためて、行けどもいけども届かない山頂を目指し、焦りのラン≠ェはじまります。
結局、この“エセ山頂”から30分もかかってテットーバンへ到着しました。ここでスタッフに、次の関門である「フレージュはまだ?」と尋ねたら、その答えは日本語で、「アト4キロ。イソゲー!」でした。
フレージュの関門と思われる建物は、そのあたりからチラチラと見えていたのですが、足元に岩がゴロゴロの登山道は、下り基調にもかかわらず早く進むことができません。暑さも追い討ちをかけて疲労もピーク。気持ちと体は連動せず、ほとんど歩きのペースになっていました。



最後の山頂テットーバン(13時15分・158キロ地点).jpg

こうして、ようやくフレージュの関門についたのは14時16分。テットーバンからちょうど1時間かかっていました。ここではボトルに水を補給し、14時27分にリスタートしました。ゴールであるシャモニーの関門時刻は16時30分なので、残る8キロを2時間3分以内に走りきれば完走ということになります。



フレージュのエイド(14時15分・162キロ地点).jpg

エイドを出たところで、併走していた日本人ランナーが、「ここからゴールまでは、1時間半くらいで行けますよ」と教えてくれました。しかし、この後にある標高差800メートルの下りは、登山道と林道の激下り≠フはず。下りが苦手なので、「普通のランナーが1時間半なら、私は2時間かかるかも」と思いました。猶予はありません。前を行くランナーの背中を追い、スキー場のゲレンデから林道、そして登山道へと入っていきました。

フレージュのエイドをリスタート(14時27分・162キロ地点).jpg


「ここが最後だ」と思い、がむしゃらに走りましたが、やはりこの急な下りをうまくこなせず、後続のランナーに次々と追い越されます。時折、登山道の木々の間から下の方が見えるものの、その底にあるはずの街までは視界が届きません。「間に合うのか? いや、間に合わせてみせる。絶対に諦めないぞ」と心を奮い立たせました。

そして、長い長い登山道を抜け、さらに林道を3キロほど走ってようやく山を終え、舗装道路に入りました。とうとうシャモニーの街に帰ってきたのです。時刻は15時42分。ゴールの関門時刻まで、残すは48分。
沿道で声援を送ってくれている人に、「How far to the goal?」と聞いたら、「One km」と教えてくれました。「えっ、もうたった1キロなの?」と拍子抜けしながら、「ありがとう!」とお礼を言って走りすぎました。

シャモニーの街(28日15時42分).jpg

ゴール前の数百メートルは、まさに凱旋ロード。沿道を埋めた多くの市民が、拍手と歓声で迎えてくれます。これほどの光景は、「この大会ならではのもの」と言ってもいいでしょう。「お祭り騒ぎ」なんてものではありません。「空前絶後」、あるいは「筆舌に尽くしがたい」・・・そんな言葉で形容するしかないほどです。
「ありがとう」
「ありがとう」
「ありがとう!」・・・私はポールを振り上げ、笑顔を返してその声援に応えます。

シャモニーの街2(28日15時47分).jpg

シャモニーの街2(28日15時52分).jpg

ゴールの手前には、私の完走を疑いつつも健気に待っていてくれた奥方がいました。そして私は、つかんだその手を高々と掲げながら、群青のゴールゲートへ飲み込まれていきました。

奥方とゴール.jpg

ゴールの光景.jpg


(私の記録)
タ イ ム 45時間52分21秒
総合順位 1383位/2555人
完 走 率 57%(1468人/2555人)


(その1)へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/441588063.html
(その2)へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/441647353.html
(その3)へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/441720045.html
(その4)へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/441780833.html

(観光編)へ飛ぶ → http://t-tono.seesaa.net/article/441906743.html


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2016年09月09日

UTMB2016(その4:フォーリーからトリエンまで)


フォーリーのテントの中では、屋根を打つ雨音がかなり激しかったのですが、ここを出る時点ではピークを過ぎていたようで、さほど強い雨ではありませんでした。

[フォーリーを出る時は雨]


フォーリーを出る時は雨(27日22時1分).jpg

しばらくは舗装道路を進みましたが、やがて脇道に入り、しだいに森の中へといざなわれていきました。雷鳴は相変わらず激しく轟き渡り、行く手にある山々の上には何度も閃光が光ります。それは、今までに見たこともないほど大きく、鮮明なものでした。



そのうちに、いっこうに止まない雷に恐怖を感じて、「この状況なら、大会が中止になるかもしれない」と思いました。「そうしたら、もう走らなくて済む」という思いも、一瞬だけ頭をよぎりました。
しかし、「中止になったら、ここまでやってきたことが無駄になる。それだけは困る」と、すぐにそれを打ち消します。「絶対にあきらめない!」。今回、スタートしてから何度もつぶやいていたこの言葉を、ここであらためて口に出して言いました。



このあとも雨はさほど強くならなかったので、1時間程様子を見たあとにジャケットを脱ぎました。雷と小雨はその後も続いていましたが、そのうちに気にならなくなっていました。
しかし、後で知ったのですが、私より5時間ほど早くここを通過して早々と終盤の山へ入っていたある俊足ランナーさんは、数時間に渡って土砂降りと雷鳴に晒されていたそうです。彼の場合、雷鳴から雷光までの間が1.5秒だったといいますから、落雷があった地点からはわずか500メートルほどというニアミス。くわばらくわばら。



さてこの頃、スタート地点のシャモニーは、3時間ほどすざましい豪雨に見舞われていました。
一人ホテル『モルガンヌ』の部屋で過ごしていた奥方は、アルプスの山々に轟く雷鳴と稲光りをベランダから見て、「もしも夫が雷に打たれて死んでしまったら、遺体は運んでもらえるとしても、残された2つのスーツケースを、自分一人でどうやったら日本へ持ち帰れるか」と、思案に暮れていたとのこと。

この話を聞き、どんな状況が起こっても、常に先のことを予見して的確な行動をとろうとする、しっかり者で聡明な奥方に惚れ直しました。まったくもって私には、「過ぎた嫁」です。

[ホテル『モルガンヌ』]
ホテル『モルガンヌ』.jpg






それにしても、睡眠をまったくとらないまま2晩目に入った頭は、しだいに尋常ではなくなりつつありました。このあたりからしばらくは、記憶が途切れとぎれになっています。

ただ、この区間のどこかで、足元の大地が真っ白なのを不思議な思いで見ていたことを覚えています。「たぶん石灰質の土壌なのだろう。それにしても、まるで石灰を固めたような白さだ」と考えながら走っていました。

シャンペ湖のエイドには、28日の午前1時28分に入り、1時50分にリスタートしています。写真と記録でそれが分かるのですが、自分の記憶の中では、ここも抜け落ちています。

シャンペ湖のエイド(28日1時28分).jpg

そしてこのあと、頭はさらにおかしくなりました。

真っ暗な山道を、ヘッドライトの明かりを頼りに、ゆっくりながら走り続けていたときのこと。突然、「そういえば、オレは卵屋さんだった」と思ったのです。とはいえ、卵を持っている訳でもなく、もちろん売ってもいません。で、次に考えたことは、「卵屋さんなんだから、いま走っているこの道を、奇麗に掃除しなければいけない」。
まったくもう、意味がわかりません。でも、その時には、思考がおかしいとは、まったく思いませんでした。それどころか、「ホウキも持っていないけど、どうしたら奇麗にできるだろうか?」と、考えながら走っていました。
道の右側は谷になっているようで、だいぶ下の方から川の流れる音が聞こえています。足元がふらついているのが分かったので、谷へ落ちないよう、できるだけ左寄りを走るように気をつけました。

ふと気がつくと、両方の手のひらをそれぞれの膝の上に置き、上半身を前屈みにした姿勢でなんとか立っている自分がいました。
その状態でいたのが数秒なのか数十秒なのか、あるいは5分も10分もそうしていたのか、わかりません。
そんな私を、後続のランナーが次々と追い越していきます。時計を見ると、午前3時10分くらいでした。マップを取り出して次の関門であるプランデラウの制限時間を確認すると「3時45分」となっています。「あと30分ほどしかない。急がなければ」と思ったとたん、頭が覚醒しました。
それからは必死です。ここでも、「絶対にあきらめない」とつぶやきながら、ピッチを上げていきます。岩場を越えたり川を渡ったりするコースで、先行するランナーを一人、また一人と捉えながら進んでいきました。

しかし、午前3時45分が迫っても、エイドは見えてきません。真っ暗な山中なので、ある程度エイドに近づけば、その明かりが遠くからでも見えるはずなのですが、そんな気配はまったくありません。あと10分、あと5分、3分、2分、1分・・・。

とうとう、関門の時刻になってしまいました。「もはやこれまでか」と思いましたが、「絶対にあきらめない!」と、ここでもつぶやいていました。「もしかしたら、昨夜の雷や雨のために関門時刻が延長されているかもしれない」。かすかな希望を持って、そのまま走り続けます。前後にいたランナーも同じ気持ちなのか、走りを止めてはいませんでした。


不思議なことに、さらに30分走っても1時間走っても、エイドは見えてきません。

結局、午前5時過ぎ、簡易なエイドに到着しました。ここは午前3時15分関門のプランデラウではなく、一つ先のジエート山のエイドでした。前のエイドからこの間、特に道に迷うような部分はなかったので、関門に気づかず通り過ぎたとは考えられません。なにがなんだかわかりませんでしたが、ここで止められることもなかったので、そのまま走り続けました。



帰国してから公式記録を見てわかったのですが、プランデラウの通過記録は、誰もとられていませんでした。つまり、マップにあったこの関門は、理由はわかりませんが、実際には設置されていなかったということです。



このあとはジエート山を下り、午前6時34分に夜明け前でまだ薄暗いトリエンのエイドへ入って、7時6分にリスタートしました。ここの関門はリスタートタイムで午前8時なので、余裕は54分。十分ではありませんが、完走への希望はつながっています。苦しい夜間走でしたが、頑張り抜いた甲斐がありました。



トリエンのエイド(28日6時34分).jpg


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2016年09月07日

UTMB2016(その3:クールマイヨールからフォーリーまで)


クールマイヨールから5キロ先のベルトーネまでに、標高が800メートルも上がります。抜けるような青空のもと、上へ上へと進んでいきました。

もうすぐベルトーネ(27日13時38分).jpg

ベルトーネへのエイドには、午後1時44分に到着です。

ベルトーネのエイド(27日13時44分).jpg

ここからボナッチ小屋をへてアルヌーバまでの約12キロは、アルプスの山々を左手に見ながら進む絶景のコースと聞いています。しかも概ね平坦な登山道となるので、息抜きしながら走れるものと期待していました。

目の前にはアルプス(14時13分).jpg

ベルトーネから(27日15時2分).jpg

しかし実際は、クールマイヨールを出た頃から高くなりはじめた気温がその後もうなぎ上り。木陰もほとんどないことから、ぼやぼやしていたら干からびそうなほどの暑さに苦しめられることになります。
それでも雪止め水が小さな流れとなって、ときどき道路を横切っていたので、これを見つけるたびにキャップで冷たい水をくみ上げ、頭からかぶります。アルヌーバまでの間に、こんなことを10回以上繰り返しました。それにしても、一つ間違えば熱中症になっていたかもしれないほどの暑さでした。

雪解け水を汲む(27日15時19分).jpg

ボナッチ小屋のエイドへ着いたのは、15時33分。

コーラとクラッカーを少しいただいてから、小用を済ませるため、地下にあるトイレに向かいました。一つしかない男子用のトイレに2人の外国人が並んでいます。すぐ済むだろうと思ってその後に並んだのですが、彼らにとっては「大問題」だったようでなかなか空かず、結局20分以上も待たされてしまいました。私の場合は2分で済むはずの小さな問題で、しかも必ずしもここで解決する必要はなかったので、結果的には小さくないロスになりました。
「まずったなあ」と思いつつ、グランド・ジョラスを背景に建つボナッチ小屋を振り返りながら、先へ進んでいきました。


ボナッティ小屋とグランド・ジョラス(27日15時53分) .jpg

ボナッチ小屋からアルヌーバまでの5キロもほぼ平坦な登山道。雄大な山の中腹を、黙々と進みます。

ボナッチ小屋からアルヌーパへ向かう(27日16時4分)2.jpg

アルヌーバのエイドへの到着は16時58分でした。関門まで1時間15分の余裕。クールマイヨールでの貯金を、そのまま維持しています。

アルヌーパのエイド(27日16時58分)1.jpg

ここから、フェレ峠へ登っていくことになります。標高は2527メートルのフェレ峠は、このコースの最高峰。アルヌーバからは、800メートルほど標高が上がります。見上げると、蟻の行列のようなランナーの列が、山のずっと上の方まで続いているのが見えました。

フェレ峠を目指す(27日17時49分)2.jpg

ここで、折り畳んでバックパックにさしていたトレランポールを取り出しました。
この大会でポールを持たないランナーはほぼ皆無で、皆、早い段階からこれを使っていました。少なくとも、この時点で使っていないランナーは、私の観察によれば100人に1人くらい。ポールなしは、もはや絶滅危惧種と言っていいほど稀少なランナーなのです。

実は、私がポールを購入したのは3ヵ月前。痛めた右膝へのダメージを軽減するために、広島であった恐羅漢トレイルで使ってみたのが初めてです。しかし楽にはなるものの、慣れないためかポールを使うとかえってタイムが遅くなります。また、腕や上半身に思いがけないダメージが生じることも危惧されました。そのため、「UTMBでは、終盤までできるだけ使わない」と決めていました。約100キロ来たこの時点での使用は、想定よりやや早かったのですが、目の前の大きな登りを見て決心がつきました。

使ったとたん、登りがとても楽になりました。もともと駆け上がれる登りではなかったし、この期に及んで、スピード云々と言っている場合でもありませんでした。

そして、18時54分にフェレ峠のピークに到着。ここからはスイス領です。強い日射しと暑さからもようやく解放され、峠の下りへと入っていきました。

フェレ峠(27日18時54分).jpg

峠を越えたところから見えた山容も、心に残るものでした。

フェレ峠を越えて(27日18時54分)1.jpg

フェレ峠を越えて(27日18時54分)2.jpg

フェレ峠を下る長い坂道を走り続け、あたりが夕闇に包まれるころ、行く手に見える山々の上に稲妻が光り、雷鳴が轟きました。ものすごい音と光です。ポツポツと雨も降り始めましたが、雷がおさまる気配はまったくありません。
雨が強くなる直前の21時3分に、110キロ地点となるフォーリーのエイドに入りました。

フォーリーのエイド(27日21時2分)1.jpg

ここでも相変わらず、食欲は出ません。フランスパンを一切れ、水に浸して柔らかくして飲み込みました。二切れ目は喉を通りませんでしたが、しばらく時間を置いてからもう一度試み、なんとか食べました。
さらに時間をおいてから、4分の1ほどに切ったバナナも一つだけ口に入れました。
いつの間にか、外の雨の音が強くなっており、時折、雷鳴も轟いていました。
出かける準備をしているランナーを見ると皆、ジャケットを着込んでいます。この後は強い雨が予想されたので、私もジャケットを着用しました。

フォーリーのエイド(27日21時3分)2.jpg


そうして、このエイドを出たのは、21時58分。なんと、55分も滞在してしまったのです。こんなに長時間いてしまった原因は、「食べるのに時間を要した」という一点に尽きます。あとになってみれば、「この半分の時間で済ませることができたはず」と思うのですが、あの状況では、やむを得なかったかもしれません。
ここの関門はリスタートタイムで22時30分なので、余裕は32分に激減。タイムの面でも苦しくなってきました。


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