2016年09月09日

UTMB2016(その4:フォーリーからトリエンまで)


フォーリーのテントの中では、屋根を打つ雨音がかなり激しかったのですが、ここを出る時点ではピークを過ぎていたようで、さほど強い雨ではありませんでした。

[フォーリーを出る時は雨]


フォーリーを出る時は雨(27日22時1分).jpg

しばらくは舗装道路を進みましたが、やがて脇道に入り、しだいに森の中へといざなわれていきました。雷鳴は相変わらず激しく轟き渡り、行く手にある山々の上には何度も閃光が光ります。それは、今までに見たこともないほど大きく、鮮明なものでした。



そのうちに、いっこうに止まない雷に恐怖を感じて、「この状況なら、大会が中止になるかもしれない」と思いました。「そうしたら、もう走らなくて済む」という思いも、一瞬だけ頭をよぎりました。
しかし、「中止になったら、ここまでやってきたことが無駄になる。それだけは困る」と、すぐにそれを打ち消します。「絶対にあきらめない!」。今回、スタートしてから何度もつぶやいていたこの言葉を、ここであらためて口に出して言いました。



このあとも雨はさほど強くならなかったので、1時間程様子を見たあとにジャケットを脱ぎました。雷と小雨はその後も続いていましたが、そのうちに気にならなくなっていました。
しかし、後で知ったのですが、私より5時間ほど早くここを通過して早々と終盤の山へ入っていたある俊足ランナーさんは、数時間に渡って土砂降りと雷鳴に晒されていたそうです。彼の場合、雷鳴から雷光までの間が1.5秒だったといいますから、落雷があった地点からはわずか500メートルほどというニアミス。くわばらくわばら。



さてこの頃、スタート地点のシャモニーは、3時間ほどすざましい豪雨に見舞われていました。
一人ホテル『モルガンヌ』の部屋で過ごしていた奥方は、アルプスの山々に轟く雷鳴と稲光りをベランダから見て、「もしも夫が雷に打たれて死んでしまったら、遺体は運んでもらえるとしても、残された2つのスーツケースを、自分一人でどうやったら日本へ持ち帰れるか」と、思案に暮れていたとのこと。

この話を聞き、どんな状況が起こっても、常に先のことを予見して的確な行動をとろうとする、しっかり者で聡明な奥方に惚れ直しました。まったくもって私には、「過ぎた嫁」です。

[ホテル『モルガンヌ』]
ホテル『モルガンヌ』.jpg






それにしても、睡眠をまったくとらないまま2晩目に入った頭は、しだいに尋常ではなくなりつつありました。このあたりからしばらくは、記憶が途切れとぎれになっています。

ただ、この区間のどこかで、足元の大地が真っ白なのを不思議な思いで見ていたことを覚えています。「たぶん石灰質の土壌なのだろう。それにしても、まるで石灰を固めたような白さだ」と考えながら走っていました。

シャンペ湖のエイドには、28日の午前1時28分に入り、1時50分にリスタートしています。写真と記録でそれが分かるのですが、自分の記憶の中では、ここも抜け落ちています。

シャンペ湖のエイド(28日1時28分).jpg

そしてこのあと、頭はさらにおかしくなりました。

真っ暗な山道を、ヘッドライトの明かりを頼りに、ゆっくりながら走り続けていたときのこと。突然、「そういえば、オレは卵屋さんだった」と思ったのです。とはいえ、卵を持っている訳でもなく、もちろん売ってもいません。で、次に考えたことは、「卵屋さんなんだから、いま走っているこの道を、奇麗に掃除しなければいけない」。
まったくもう、意味がわかりません。でも、その時には、思考がおかしいとは、まったく思いませんでした。それどころか、「ホウキも持っていないけど、どうしたら奇麗にできるだろうか?」と、考えながら走っていました。
道の右側は谷になっているようで、だいぶ下の方から川の流れる音が聞こえています。足元がふらついているのが分かったので、谷へ落ちないよう、できるだけ左寄りを走るように気をつけました。

ふと気がつくと、両方の手のひらをそれぞれの膝の上に置き、上半身を前屈みにした姿勢でなんとか立っている自分がいました。
その状態でいたのが数秒なのか数十秒なのか、あるいは5分も10分もそうしていたのか、わかりません。
そんな私を、後続のランナーが次々と追い越していきます。時計を見ると、午前3時10分くらいでした。マップを取り出して次の関門であるプランデラウの制限時間を確認すると「3時45分」となっています。「あと30分ほどしかない。急がなければ」と思ったとたん、頭が覚醒しました。
それからは必死です。ここでも、「絶対にあきらめない」とつぶやきながら、ピッチを上げていきます。岩場を越えたり川を渡ったりするコースで、先行するランナーを一人、また一人と捉えながら進んでいきました。

しかし、午前3時45分が迫っても、エイドは見えてきません。真っ暗な山中なので、ある程度エイドに近づけば、その明かりが遠くからでも見えるはずなのですが、そんな気配はまったくありません。あと10分、あと5分、3分、2分、1分・・・。

とうとう、関門の時刻になってしまいました。「もはやこれまでか」と思いましたが、「絶対にあきらめない!」と、ここでもつぶやいていました。「もしかしたら、昨夜の雷や雨のために関門時刻が延長されているかもしれない」。かすかな希望を持って、そのまま走り続けます。前後にいたランナーも同じ気持ちなのか、走りを止めてはいませんでした。


不思議なことに、さらに30分走っても1時間走っても、エイドは見えてきません。

結局、午前5時過ぎ、簡易なエイドに到着しました。ここは午前3時15分関門のプランデラウではなく、一つ先のジエート山のエイドでした。前のエイドからこの間、特に道に迷うような部分はなかったので、関門に気づかず通り過ぎたとは考えられません。なにがなんだかわかりませんでしたが、ここで止められることもなかったので、そのまま走り続けました。



帰国してから公式記録を見てわかったのですが、プランデラウの通過記録は、誰もとられていませんでした。つまり、マップにあったこの関門は、理由はわかりませんが、実際には設置されていなかったということです。



このあとはジエート山を下り、午前6時34分に夜明け前でまだ薄暗いトリエンのエイドへ入って、7時6分にリスタートしました。ここの関門はリスタートタイムで午前8時なので、余裕は54分。十分ではありませんが、完走への希望はつながっています。苦しい夜間走でしたが、頑張り抜いた甲斐がありました。



トリエンのエイド(28日6時34分).jpg


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2016年09月07日

UTMB2016(その3:クールマイヨールからフォーリーまで)


クールマイヨールから5キロ先のベルトーネまでに、標高が800メートルも上がります。抜けるような青空のもと、上へ上へと進んでいきました。

もうすぐベルトーネ(27日13時38分).jpg

ベルトーネへのエイドには、午後1時44分に到着です。

ベルトーネのエイド(27日13時44分).jpg

ここからボナッチ小屋をへてアルヌーバまでの約12キロは、アルプスの山々を左手に見ながら進む絶景のコースと聞いています。しかも概ね平坦な登山道となるので、息抜きしながら走れるものと期待していました。

目の前にはアルプス(14時13分).jpg

ベルトーネから(27日15時2分).jpg

しかし実際は、クールマイヨールを出た頃から高くなりはじめた気温がその後もうなぎ上り。木陰もほとんどないことから、ぼやぼやしていたら干からびそうなほどの暑さに苦しめられることになります。
それでも雪止め水が小さな流れとなって、ときどき道路を横切っていたので、これを見つけるたびにキャップで冷たい水をくみ上げ、頭からかぶります。アルヌーバまでの間に、こんなことを10回以上繰り返しました。それにしても、一つ間違えば熱中症になっていたかもしれないほどの暑さでした。

雪解け水を汲む(27日15時19分).jpg

ボナッチ小屋のエイドへ着いたのは、15時33分。

コーラとクラッカーを少しいただいてから、小用を済ませるため、地下にあるトイレに向かいました。一つしかない男子用のトイレに2人の外国人が並んでいます。すぐ済むだろうと思ってその後に並んだのですが、彼らにとっては「大問題」だったようでなかなか空かず、結局20分以上も待たされてしまいました。私の場合は2分で済むはずの小さな問題で、しかも必ずしもここで解決する必要はなかったので、結果的には小さくないロスになりました。
「まずったなあ」と思いつつ、グランド・ジョラスを背景に建つボナッチ小屋を振り返りながら、先へ進んでいきました。


ボナッティ小屋とグランド・ジョラス(27日15時53分) .jpg

ボナッチ小屋からアルヌーバまでの5キロもほぼ平坦な登山道。雄大な山の中腹を、黙々と進みます。

ボナッチ小屋からアルヌーパへ向かう(27日16時4分)2.jpg

アルヌーバのエイドへの到着は16時58分でした。関門まで1時間15分の余裕。クールマイヨールでの貯金を、そのまま維持しています。

アルヌーパのエイド(27日16時58分)1.jpg

ここから、フェレ峠へ登っていくことになります。標高は2527メートルのフェレ峠は、このコースの最高峰。アルヌーバからは、800メートルほど標高が上がります。見上げると、蟻の行列のようなランナーの列が、山のずっと上の方まで続いているのが見えました。

フェレ峠を目指す(27日17時49分)2.jpg

ここで、折り畳んでバックパックにさしていたトレランポールを取り出しました。
この大会でポールを持たないランナーはほぼ皆無で、皆、早い段階からこれを使っていました。少なくとも、この時点で使っていないランナーは、私の観察によれば100人に1人くらい。ポールなしは、もはや絶滅危惧種と言っていいほど稀少なランナーなのです。

実は、私がポールを購入したのは3ヵ月前。痛めた右膝へのダメージを軽減するために、広島であった恐羅漢トレイルで使ってみたのが初めてです。しかし楽にはなるものの、慣れないためかポールを使うとかえってタイムが遅くなります。また、腕や上半身に思いがけないダメージが生じることも危惧されました。そのため、「UTMBでは、終盤までできるだけ使わない」と決めていました。約100キロ来たこの時点での使用は、想定よりやや早かったのですが、目の前の大きな登りを見て決心がつきました。

使ったとたん、登りがとても楽になりました。もともと駆け上がれる登りではなかったし、この期に及んで、スピード云々と言っている場合でもありませんでした。

そして、18時54分にフェレ峠のピークに到着。ここからはスイス領です。強い日射しと暑さからもようやく解放され、峠の下りへと入っていきました。

フェレ峠(27日18時54分).jpg

峠を越えたところから見えた山容も、心に残るものでした。

フェレ峠を越えて(27日18時54分)1.jpg

フェレ峠を越えて(27日18時54分)2.jpg

フェレ峠を下る長い坂道を走り続け、あたりが夕闇に包まれるころ、行く手に見える山々の上に稲妻が光り、雷鳴が轟きました。ものすごい音と光です。ポツポツと雨も降り始めましたが、雷がおさまる気配はまったくありません。
雨が強くなる直前の21時3分に、110キロ地点となるフォーリーのエイドに入りました。

フォーリーのエイド(27日21時2分)1.jpg

ここでも相変わらず、食欲は出ません。フランスパンを一切れ、水に浸して柔らかくして飲み込みました。二切れ目は喉を通りませんでしたが、しばらく時間を置いてからもう一度試み、なんとか食べました。
さらに時間をおいてから、4分の1ほどに切ったバナナも一つだけ口に入れました。
いつの間にか、外の雨の音が強くなっており、時折、雷鳴も轟いていました。
出かける準備をしているランナーを見ると皆、ジャケットを着込んでいます。この後は強い雨が予想されたので、私もジャケットを着用しました。

フォーリーのエイド(27日21時3分)2.jpg


そうして、このエイドを出たのは、21時58分。なんと、55分も滞在してしまったのです。こんなに長時間いてしまった原因は、「食べるのに時間を要した」という一点に尽きます。あとになってみれば、「この半分の時間で済ませることができたはず」と思うのですが、あの状況では、やむを得なかったかもしれません。
ここの関門はリスタートタイムで22時30分なので、余裕は32分に激減。タイムの面でも苦しくなってきました。


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posted by との at 21:38| 鳥取 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月05日

UTMB2016(その2:シャピューからクールマイヨールまで)


シャピューを出ると、セーニュ峠まで1000メートル近く標高を上げていきます。
ずっと上りなので、走れるところはあまりありません。黙々と、我慢のウォークが続きます。


セーニュ峠への登り(27日5時21分).jpg

午前6時近く、ふと気がつくと、ほとんどののランナーはジャケットを着込んでいました。私は、スタートしたときと同じTシャツ1枚。そろそろ寒さに耐えられなくなっていたのですが、間もなく夜が明けて陽が差すだろうと思ったので、あえてそのまま行くことにしました。

ただここで例の右膝に、そして左足の裏にも痛みを感じはじめていました。右膝の痛みはわずかで、「それがどうした」というくらいのレベルでした。むしろ、足裏の痛みの方が、「もし水ぶくれができかけているなら怖い」と思いました。

ここで道の脇に腰を下ろし、右膝の対策のために今回初めて用意したロキソニンを1錠服用。
ロキソニンはこの後、足の裏の痛みの対策として午後にも1錠服用しましたが、右膝に関しては意外にも最後まで、痛みが再発することはありませんでした。

セーニュ峠の夜明けは近い(27日6時18分).jpg

そして27日の午前6時38分に、標高2502メートルのセーニュ峠に到着。ここで国境を越え、イタリアに入ります。


セーニュ峠(27日6時38分).jpg

峠を越えた眼下には、見事な雲海。

雲海に向かって(27日6時43分).jpg

峠を下って行く途中に、とってもメルヘンチックな小屋が。まるで絵画のようでした。


[ ↓ 高画質のデータを置いています。クリックしてご覧ください]


小屋(27日6時51分)大.jpg

夜明けの山肌も、とても奇麗でした。

朝の山肌(27日6時52分).jpg

この下りを終えると、次はカルカイレス峠に向かうことなります。
朝日が山の各所を照らしはじめ、目の前の風景が、矢継ぎ早にその色を変えていきます。


カルカイルス峠を目指す1(27日6時59分).jpg

カルカイルス峠を目指す2(27日7時9分).jpg

カルカイレス峠では、残雪の上も歩きました。



カルカイルス峠を目指す3(27日7時17分).jpg

この峠の下りは、ガラガラの岩場から始ります。

カルカイルス峠の下り(27日7時40分).jpg

それでも、それを過ぎれば久々に走れる下り。ゆっくりながら、次のエイドを目指します。

カルカイルス峠の下り(27日7時52分).jpg

第5関門のコンバル湖には、ほぼ想定どおりの午前8時25分に到着です。

(27日8時24分・コンバル湖エイド).jpg

この後は、しばらくコンバル湿原の平地を進みます。疲れがたまってきたのか、多くのランナーがそうしているように、私もここをとぼとぼと歩いてしまいました。

コンバル湖から(27日8時42分).jpg

そして、前半の最後の山場となるファボレ山への上りに入ります。アルプスの山々に抱かれながら、山頂を目指しました。

ファボレ山の登り(27日9時28分).jpg

360度の眺望が広がる山頂は、標高2417メートル。多くのランナーが記念撮影に興じていました。

ファボレ山の山頂(27日9時38分).jpg

ここからクールマイヨールまでは、わずか9キロほどの間に1200メートルも一気に標高を下げます。脚はだいぶへたっていたので、よちよちとした走りで降りていきます。



ファボレ山を下る(27日9時41分).jpg

下りを終えて、クールマイヨールの街が見えてきました。街の人たちの「アレアレ」、「ブラボー!」の声援に、「メルシー!」と応えながら進みました。

クールマイヨールの街が見えた.jpg

街中は迷いやすいと聞いていたので、前を行くランナーを見失わないよう、頑張って着いて行きます。

クールマイヨールの街中.jpg

こうして第6関門のクールマイヨールへ、午前11時24分に到着しました。想定より10分ほど早いタイムです。このエイドが79キロ地点なので、全コースの半分近く来たことになります。このレースは、前半の関門タイムが厳しいと聞いていたので、ここまでは、でき過ぎの展開と言えます。
エイド外壁はガラスの大窓。それを通して見えるアルプスの山々が、輝きを放っているように見えました。

クールマイヨールのエイドからアルプスが見える.jpg

しかし、後半への不安が少し生じていました。食べものを、受け付けなくなりつつあったのです。
食べられなくなれば終わりなので、エイドでは抵抗の少ないバナナやフランスパンを少しずつでもつまむようにしていました。しかし、しだいに胸がむかつきはじめ、それらにも手が出なくなっていました。
ここでも何もほしくなかったのですが、「食べるのもレースのうち」と考えてスープと、初めてマカロニスパゲッティーをもらいました。皿一杯に盛られたスパゲッティーは、とても食べ切れないと思ったのですが、時間をかけてどうにか完食しました。

スープとマカロニ.jpg

そして、正午丁度にここをリスタート。

ここの関門は、出発時刻で13時15分となっています。1時間15分の余裕を持って、後半戦へ入っていきました。


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2016年09月03日

UTMB2016(その1:スタートからシャピューまで)


きつ過ぎる激坂、眩しすぎる日射し、そして美しすぎるロケーション。その中に身を置いていた時間をいま振り返ると、まるで夢のように思えます。

UTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)は、モンブランを囲む総距離170キロ、累積標高差10000m超の山道を、制限時間46時間30分以内に走り抜く「世界一過酷で、世界一美しい」と言われる山岳レース。コースはフランス、イタリア、スイスの3国にわたり、ランナーはヨーロッパアルプスの絶景の中を進むことになります。その厳しさと美しさから、UTMBは、世界中のトレイルランナーの誰もが憧れる大会なのです。

エントリーのためのハードルは相当高いのですが、幸いにも私は、このほど開催された「UTMB2016」へ出場することができました。

モンブラン2.jpg



そしてレースの結果は、なんと「まさかの完走」。

実は、1月に出場が決定して天にも昇る気持ちになったものの、2月に右膝を痛め、それがなかなか改善しませんでした。そのため、6月からはトレーニング方法を見直して、膝に負担をかけないようランを控え、ジムでの筋力強化と登山をメインとしたものに切り替えました。

それでもきつい下りの走りについては、6月は無理、7月もさっぱり、8月になってようやく、「なんとか走れるかなあ」という程度。こんな状態でUTMBが走りきれるのか、まったく確信が持てませんでした。率直に言って完走は、望外の結果です。

スタートは8月26日(金)18時。標高1036メートルのシャモニーのサン・ミシェル教会前の広場から。

私は70分前に会場へ行ったのですが、すでにゲート近くはランナーですし詰め状態。それでも、比較的前の方で待機できたのは幸いでした。

協会前.jpg


スタート間近になると、会場には楽曲『Conquest of Paradise』の荘厳なメロディーが流され、ランナーの気持ちを高ぶらせます。そして号砲。2500人あまりのランナーが、いっせいにスタートしていきました。

さあスタートだ.jpg

沿道はもちろん、見上げるとホテルの窓からも、たくさんの人たちが応援してくれています。

ホテルから応援.jpg

10分あまり走って街を抜けると、さっそく林道へ入っていきました。


しばらく走って林道へ.jpg



8キロ地点のレ・ズッシュに到着したのは18時50分。ここには19時くらいを想定していたので、ちょっとびっくり。やはり興奮しているのか、飛ばし過ぎです。

[レ・ズッシュ]
レ・ズッシュ(18時50分・8キロ地点).jpg

ここから次のエイドのサンジェルベまでの距離は13キロですが、この間の高低差はスキー場の登りが800メートル、ピークを越えた後には1000メートルの下りをこなさなけばいけません。
登りの途中で、沿道にいた日本人がおにぎりを差し出してくれました。長丁場では後半に食べられなくなることが多いので、ありがたくこれをいただきました。「食べられるうちに食べておく」というのが、ウルトラマラソンの鉄則なのです。



おのぎりがもらえた(19時18分・約12キロ地点).jpg

地元の人も、プチ仮装して応援してくれます。


登り坂で応援(19時30分・約14キロ地点).jpg

フランスはサマータイムを導入しているので、時刻が午後8時を過ぎてもまだしばらく日がありました。

スキー場の登り(20時1分).jpg

第1関門のサンジェルベには、ほぼ想定通りの21時11分に到着しました。


[サンジェルベ]
サンジェルベへ到着(21時10分・21キロ地点).jpg

このあとは、微妙な上りが続きます。


微妙な上り坂(21時45分).jpg


第2関門のコンタミーヌへの到着が23時16分。これもほぼ想定どおりです。



[コンタミーヌ]
コンタミーヌのエイド(23時17分・31キロ地点).jpg

以降、コースは標高2443メートルのボンノム峠に向かい、斜度は「上り」から「登り」に変わりましたが順調に進み、第3関門のバルムには想定より10分ほど早い27日午前0時59分に到着しました。


[バルム]
バルムのエイド(27日0時54分・39キロ地点).jpg

ボンノム峠への登り坂は、岩の上を進む感じです。

ボンノム峠への登り(27日1時48分).jpg

この峠を午前2時45分に越え、第4関門のシャピューまでの急な下り坂を一気に降りていきます。この間の距離は6キロほどですが、高低差は900メートル。下りが苦手な私も、周りのペースに遅れないよう、頑張って走りました。

50キロ地点のシャピューへの到着は27日の午前3時53分で、出発が午前4時13分でした。ここの関門時刻は午前5時15分なので、この時点で1時間ほど余裕があることになります。
出発する時に装備チェックがあり、ケイタイ、ジャケット、キャップを所持していることを確認されました。

装備チェック.jpg


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posted by との at 11:15| 鳥取 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする