2018年01月05日

新春初詣ラン2018



1月3日(水)は、走友の雅子姫プロデュースによる「新春初詣ラン」へ3年ぶり2度目の参加。湊山公園から安来市の清水寺を往復する、約20キロを走ってきました。

[コース図]


会場へ向かう車の窓に、みぞれがパラパラ打ち付けます。この日は、「午前中は雪、午後は雨」の予報だったこともあり、集まった24人のランナーたちの大半は、防水のブレーカーやビニール合羽などを羽織っていました。これを見て私も、フリースのトレシャツを重ねた上に、ゴアテックスの上下と言う重装備の身繕いをします。

スタート前.jpg

スタートは午前9時。往路では、スタートして5分ほどのところにある賀茂神社天満宮にまず立ち寄り、お参りしました。


賀茂神社へお参り.jpg

それから国道9号線へ出て西進します。途中にあった温度計の表示は3度。それでも風は冷たいものの、なにぶん着膨れ気味の私は、ほとんど寒さを感じずに走れました。

気温は3度.jpg

3年前に走ったときとは少しコースが変わっており、中海干拓地のそばも2キロほど走りました。

中海干拓地地を走る.jpg

その後、再び9号線に入ってから、左折して山の方へと向かいます。

山へ向かう.jpg

清水寺が間近になったところで立ち寄ったのは、F田女史宅の縁側エイド。ここでいただく西村堂の羊羹が、とってもおいしかったです。

縁側エイド.jpg

3年前は、寺の駐車場から真っすぐ続く長い階段を上がって行ったのですが、今回は脇をまわる坂道を駆け上がるコースに変わっていました。これが結構きつくてしかも長く、筋肉にいい刺激を与えることができました。

最後の登り.jpg

仁王門の前で記念撮影をした後で、

仁王門前で.jpg

少し下って本堂の方へ行き、清水寺でのお参りをすませました。

清水寺本堂.jpg

さて、3年前にここへ来たとき、境内に掲示されていた吉凶早見表をなにげなく見たら、私の運勢である九紫はまさかの「凶」でした。そのことを覚えていたので、「今年は吉か、それとも大吉か?」と期待して確認したところ、なんと今回も「凶」ではありませんか。ガーン、連続かよお・・・。

早見表.jpg

これでやや意気消沈した私は、自由走の帰路で何人にも抜き去られながら正午過ぎに湊山公園に帰り着き、初詣とトレーニングをを兼ねた一石二鳥のランを終えました。

さて、夜はもちろん宴会です。2時間飲み放題の宴にはランより多いメンバーが参集し、「走って良し、飲んで良し」と、昼の部に勝るとも劣らぬ盛り上がりを見せていたのでありました。

どうか今年もすべてのラン仲間たちに、神様と仏様のご加護が一杯ありますように。

宴会.jpg



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posted by との at 01:03| 鳥取 ☁| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月29日

Xmas eve トレラン in 羽衣石山




12月24日(日)は、走友のさっぱんさんの誘いに乗り、テッシーさんと私の3人で、東伯郡湯梨浜町にある羽衣石山(うえしやま) のトレイルを走ってきました。
私は、その前日の23日に参加した「煩悩マラソン」で43キロあまりを走ったばかり。疲れは残っていましたが、羽衣石山を走ることなど、こんな機会を逃せば二度と無いかもしれないと、駆り立てられるようにして出かけていきました。


この日は、標高194メートルの登山口をスタートし、まずは標高376メートル地点にある羽衣石城を目指します。さらに標高518メートルの三角点を経て十万寺集落まで下山し、以降はロードをたどります。時計回りに周回する約8キロのコースを、1周1時間30分の想定で2周する計画でした。

コース図.jpg

登山口から羽衣石城までの距離は、わずか800メートルほどですが、急な登りなので、ほとんど歩きで行きました。

羽衣石城への登り
.jpg

13分で羽衣石城へ着き、ほっと一息です。

羽衣石城
.jpg

城の裏側に回り、眼下に広がる景色を眺めます。くもり空で少し霞んでいましたが、東郷湖を臨むことができました。


羽衣石城からの遠望
.jpg

この後は、フカフカの落ち葉の上を走り、

フカフカの落ち葉.jpg

倒木を何度かくぐり、

倒木をくぐる.jpg

雪の上も進みました。

雪の上を進む.jpg

そして、スタート後50分あまりで三角点に到着です。

三角点.jpg

以後は下りに入っていきましたが、勾配のきついところでは不覚にも、このところ不調の左膝が痛みだし、駆け下りることができませんでした。


きつい下り.jpg

しかも、ガラ道や谷川に沿って進む部分もあり、脚のさばきがスムーズになりません。夏前に痛めた左膝は、一時よりだいぶ軽快していたと思っていたので、来年はトレイルを中心に走ろうと決めていました。それだけに、この時の状態は正直言ってショックでしたが、先行する2人がたびたび私を待って脚を止めてくれたので、気持ちを切らさずに進むことができました。

待ってくれている2人.jpg

トレイルを抜けて十万寺集落に出ると、残りは4キロ。ゆっくりとロードを進みます。

ロードに入る.jpg

残り1キロあまりとなり、行く手の山の上に羽衣石城が見えた時、「あんな高いところに登ったのか」と思いました。

最後の登り.jpg

そして登山口に帰り、この日のランを1周で終えることにした私は、再び羽衣石城へ向かって行く2人の後ろ姿を見送りました。


(走行データ)
距  離  7.8キロ
タ イ ム  2時間1分
総上昇量  545m




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posted by との at 21:39| 鳥取 ☁| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月26日

煩悩マラソン2017


1周400メートルのトラックをグルグルと108周して煩悩を汗で流してしまおうという「煩悩マラソン」が、今年も12月23日(土)に倉吉市の陸上競技場で、粛々と執り行われました。
108周は43.2キロ。フルマラソンにちょこっとオマケを付けたようなこの催しは、トライアスリートでつくる『石川道場』のメンバーによる仲間内企画で、今年がたぶん4回目の開催だと思います。生来のカナヅチで、トライアスロンなど死んでもできないくせに、なぜかこの道場の末席からさらに外れたところにちょこんと居座っている私は、こんな時だけ厚かましくも参加させていただいております。

Tシャツ.jpg

さて、この日集まったのは、むさ苦しい男ばかり13人。私は、エイドに用意されたパンをつまみ食いしながら、メンバー達とよもやま話をしていました。すると突然、「あと30秒でスタートです!」の声。気がつけば、スタート時刻の9時が迫っていました。ベンチに置いたバッグにカメラを入れたままにしていた私は、慌ててこれを取りに行き、すでに走り出した集団を後方から追いかけるという、もたついたスタートを切りました。

遅れてスタート.jpg

冷たい雨に打たれながら走った2年前とは違い、この日は晴れ時々曇りという好条件。おじさんランナーたちは、周回毎に一つずつ煩悩を落とし、身軽になっていく自分を感じながら(本当かよ?)笑顔のランを続けます。

はしゃぐおじさんたち.jpg

エイドには、パンやお菓子、コーラやアクエリアス等が置かれています。私の場合、5回くらいこれに立ち寄りました(パン食い過ぎ!)。

エイド.jpg

この日は、中高生もトラックを使ってトレーニングをしていました。おじさんたちは、とても太刀打ちできないスピードで駆け抜けていく若いランナーたちのために内側のコースを空け、気遣いのランニングを心掛けます。これはもちろん、神様のご利益という見返りを期待しての行動に他なりません。

コースを空ける.jpg

序盤はひとかたまりで、中盤はペースが合う者同士のグループに分かれて走っていたランナーも、終盤になるとしだいに散け、寡黙なランに変わってきます。この間、それぞれがこの一年のランを振り返り、来年に向けての決意を新たにしたことでありましょう。

独走.jpg

さて、タイムは特に気にしていなかったのですが、4時間58分で走り切り、煩悩をきれいさっぱり祓い落とすことができました。ちなみにこの日、108周を完走したのは7割ほどだったそうです。

ゴールタイム.jpg

なお煩悩マラソンでは、ラン後に年越し蕎麦ではなく、カップラーメンで締めることになっています。私はシーフード味をいただきました(うめ〜っ!)。


カップラーメン.jpg



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posted by との at 07:28| 鳥取 ☔| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月23日

瀬戸内行脚(その3)


伯方・大島大橋を渡って大島へ入ってからは、しだいにピッチを上げていきます。往路では、上りも下りも手こずった斜度10%の坂道を、勢いよく駆け上がり、そして駆け下りていきました。

上り坂.jpg

もうコースミスは許されません。このあとしばらくは往路を逆にたどるだけですが、来島海峡大橋を渡り四国へ入ったところでは、往路と異なり、西側の海岸線に沿って走ることになります。「そこで絶対にコースを間違えることのないよう、気をつけて行かなければ」と、このとき考えていました。
しかしいま振り返ると、「そこまでは間違えるはずがない」という油断が、心のどこかにあったに違いありません。
往路でコースミスをしたバラ園のところで左折し、さらに数百メートル進んだところでもう一度左折しました。しかし、これが大きなミス。その時は、ここを少し進んだところにある交差点を右折して、大きな道路へ入って南進するものと思い込んでいました。コースはしだいに上り勾配になってきましたが、脚に掛かる負荷を心地よく感じながら、さらにピッチを上げていく私でした。
「それにしても、おかしい。さっき左折した交差点からかなり来ているのに、まだ右折するはずの交差点が見えないのは、なんだかおかしい」・・・そう思いはじめたころ、路傍に地図表示があったので、これを覗き込んで現在地を確認しました。すると、なんと全くの勘違い。しばらく前の交差点で左折するのではなく、そこを右折して南進しなければいかなかったのです。
間違えてから、すでに2キロ以上来ていました。踵を返し、焦りにも後押しされながら、全力疾走で、方角を間違えていた交差点へ帰ってきました。この間のロスは約40分。それまでの2回の道迷いと違い、地図を確認してさえいれば間違えようがない、いわば「思い込み」による自滅的なミス。情けなさも加わり、ショックに打ちのめされた私です。
そして、ようやく来島海峡大橋が見えたころには、朝方の好調な走りはすっかり影を潜め、身心共に疲れ果てたランナーに成り下がっていました。

来島海峡大橋(帰路).jpg

5キロほどある大橋では、ほとんど走ることができませんでした。いや、この間も気持ちは走っているのですが、体がついていきません。歩いている人のペースと、さほど違わないくらいのスピードしか出ていなかったのです。
そんなとき、一人のランナーがすごい勢いで私を抜いていきました。この位置にいてあのスピードで走るのは、たぶん私より2時間もしくは5時間後にレイトスタートしたランナーなのでしょう。私はその背中を呆然と見送っていました。

抜いて行くランナー.jpg

来島海峡大橋を渡り切ったところにある173キロ地点の糸山公園エイドへの到着が、午前10時55分。ビリから2番目の到着でした。

エイド.jpg

カップ麺を食べたりしてゆっくり休憩しているうちに、最終ランナーも入ってきました。ほぼ同時にここを出ましたが、このあとのコースに自信のなかった私は、ナンバーカードに「愛媛県」とあったこのランナーに、付いて行くことにしました。彼は、昨年も参加したものの、途中リタイアしたためこのあたりは通っていないとのこと。それでも地元ランナーなので、とても頼りになりました。彼がいなかったら、このあと海岸線に出るまでの街中の分かりにくい部分をまったく間違えずに行くことは、難しかったと思います。

愛媛のランナー.jpg 

しかし、海岸線が見えてくるころには彼のペースに付いて行けなくなり、本当に最後のランナーになってしまいました。走る力はすでになく、走る格好はしていても、歩きのペースと変わりません。
『松山 42Km』の道路標識を見たのが午後1時50分。制限時間は38時間なので、午後9時。しかし要項には「2時間延長可能」とあり、実質的には午11時まではゴールが設置されているはずです。フル1本の距離を残り9時間なら、ゆっくりでも走ってさえいれば間に合います。しかし、ほぼ歩きになっているこの時の状態では、時間内のゴールは微妙。それに主催者が、「会場のキャパで定員を決めている」というほど重視している懇親会は、午後9時にオーダーストップで、午後10時終了の予定と聞いています。これにぜひ出たかった私は、自分の中で午後7時をゴール関門に設定していました。「無理にゴールを目指さなくても、早めにリタイアして懇親会へ行った方がいいじゃないか」といいう魅惑的なささやきが、どこからか聞こえてきます。

松山42キロ.jpg

そんなとき、私の脇を「さくら道国際ネイチャーラン」の参加賞であるピンク色のキャップを冠ったランナーが、早歩きですり抜けていきました。この日の午前7時に今治からスタートし、瀬戸内行脚の約半分の100キロを走る「伊予灘行脚」に参加しているランナーの一人です。しばらくこれに付き、話をしながら進みました。
この人が、ウルトラランナーの間で名高いOさんだったことは後で知ったのですが、彼は、「最近は腰が痛く、222キロの瀬戸内行脚は無理だと思ったので、伊予灘行脚にした。もう走れないが、ここで諦めたら絶対に後悔すると思うので、なんとかゴールにたどり着きたい」と言っていました。お年を聞いたら、私より10歳上とのこと。「この人がこんなに頑張っているのだから、私もやはりゴールを目指そう」と思ったものです。
しかし、Oさんの歩きのスピードはかなり早く、時々走りを入れながら頑張りましたが、少し気を抜いた間に引き離されてしまいました。

Oさん.jpg

すでに全身の力をすべて使い果たし、歩くのさえつらい状態でしたが、その原因は単に“トレーニング不足”の一言に尽きます。それは初めから分かっていたはずなのに、「なんとかなるさ」と思い込もうとしていました。しかし、自分の頭はごまかせても、鍛えていない脚を騙すことはできなかったのです。
「罰だ!」・・・とつぶやき、足の裏を地面に叩き付けるようにして、また走りはじめました。一歩踏み出すごとにしびれるような痛みを感じましたが、「罰だ、罰だ、罰だ・・・」と自分に向かって罵りの言葉を投げつけながら走り続けます。そのうちに脚全体が麻痺していくような感覚になってきて、気がつけばいつの間にか、とぼとぼと歩いている自分がいました。
瀬戸内海に夕陽が沈む直前の午後5時前、『松山 28Km』の標識が目に入りました。この14キロを進むのに3時間も要しています。同じペースでも、ゴールまでまだ6時間もかかります。しだいに速度が落ちてきていることを考えれば、延長されたゴール関門の午後11時さえ危ういところです。それにそもそも、あと6時間歩ける体力と気力がもはやなく、6キロ先にある200キロ地点のエイド「道の駅ふわり」でリタイアすることを決めました。

松山28キロ.jpg

そして、午後6時47分にこのエイドへ到着した私は、少し遅れてここへ入り同じようにリタイアを宣言した伊予灘行脚のランナー2人とともに、ゴール地点へ車で送ってもらいました。エイドでは、座っていたパイプ椅子から自力で立ち上がることができず、スタッフとランナーの肩を借りてようやく車に乗り込むという、情けない私でありました。

エイド(200キロ地点).jpg

その後、ホテルで汗を流してから懇親会場へ行きました。貸し切られた居酒屋は、60人ほどのランナーとスタッフでごった返しており、完走者へ一人ひとり完走証が渡されているところでした。完走者の中には、180キロ地点あたりで私を追い抜いていったOさんもいました。私には見習うことができなかったその根性には、心から感服します。

居酒屋.jpg

そして今さらながら、「超ウルトラは、気持ちだけでは走れない」という当たり前の事実を思い知らされました。出直しです。一から出直しです。


(私の記録)

タイム 200キロ地点でリタイア(35時間47分・自己計測)
順 位 未公表
完走率 未公表






「その1」へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/454912172.html
「その2」へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/455001121.html



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ラベル:超ウルトラ
posted by との at 14:03| 鳥取 ☁| Comment(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする