2025年12月18日

第4回東郷池ぐるりんRUN(その2:アフターはゲロ渋系の秘湯へ)


さて私はこの後、東郷池をぐるりとウォーキングで完歩しようと思っていました。この日は脱腸の手術から12日目。手術直後から歩行は許可されており、退院後は少しずつ歩いていました。下腹部の微妙な痛みも日毎に軽くなり、ここ数日はほぼ皆無。湖畔を辿るリハビリウォークを企てたというものです。
ところがコースに出る前に、めぐみの湯公園の芝生の上を足慣らしで歩いてみたところ、脱腸の処置をした下腹部ではなく腰のあたりに変な痛みを感じました。大したものではありませんが、ぎっくり腰の“手前の手前”くらいの感じです。2キロや3キロならともかく、11.5キロのウォークはちょっとヤバそう。

[めぐみの湯公園]
めぐみの湯公園 - 1.jpeg

そのため予定を変更し、東郷池南の東郷温泉にある「寿湯」へ行くことにしました。そこはキワモノ好きな温泉マニアの間で、「ゲロ渋系の公衆浴場」などと言われている伝説のかけ流し温泉なのです。
実を言うと、ネットでその存在を知った私は昨年6月に、自宅に近いJRの御来屋駅から43キロ走って寿湯へ行きました。ところがなんと、寿湯はその2日前から臨時休業。近所の人の話では、管理している散髪屋さんの店主が体調不良で入院されたためとか。その後、再開されたと風の噂に聞いたので、改めて走ってこようと思っていましたが、今年の夏から続いている腰痛のため、当分その機会を作れそうにありません。もし営業されているならこの際にと、寿湯へ向かうことにしたのです。

[臨時休業の貼り紙(昨年の6月26日撮影)]
6月24日〜当面 - 1.jpeg

ということで、やってきました寿湯。散髪屋さんのサインポールはくるくる回っており、中の様子をガラス越しに伺うと、店主がお客さんの頭髪をカットしている様子が見えました。温泉も営業していることは、間違いないでしょう。

散髪屋さん - 1.jpeg

温泉へは、散髪屋さんの建物左側の狭い通路から入っていきます。

建物左側の狭い通路 - 1.jpeg

狭小な通路の幅を測るために、外寸28センチの私のシューズを置いてみました。目測ですが、その幅は50センチあるかないかという程度。私は痩せぎすなので大丈夫ですが、お相撲さんなら絶対に通れません。

幅は50センチあるかないか - 1.jpeg

それにしても延長5mほどのこの怪しげな通路は、昭和の時代へ通じるタイムトンネルみたいです。

寿湯通路 - 1.jpeg

寿湯は、これを抜けたところの右側。なお、さっきの通路を通れないメタボさんも、こちらからなら入れますのでご安心ください。

寿湯は右側 - 1.jpeg

入り口は普通のお風呂屋さんのように「男」と「女」に分かれています。営業時間は午前9時からで、この時の時刻が9時20分。開店して間もない時間でした。

営業時間は午前9時から - 1.jpeg

番台はありますが、そこに人はいません。

番台? - 1.jpeg

壁の呼び鈴を押すと散髪屋さんが料金を徴収に来られるシステムなのですが、散髪の手が離せないのか押してから1分経っても2分経っても来てくれません。困っているところに地元のお客さんが入って来られ、番台に置かれたガラス瓶を指差して「そこに入れとけばいいぜ」と教えてくれたので、料金の300円を瓶の中へ入れました。

料金表 - 1.jpeg

脱衣所もゲロ渋・・・いえいえ、レトロ感がたっぷりです。脱衣中にもう一人来られましたが、さっきのお客さんと知り合いの常連さんのようです。

脱衣所もゲロ渋 - 1.jpeg

そしておもむろに浴室へ。ブルーの湯船はネットで見ていたものとは少し印象が異なり、「こんなに綺麗だったかな?」と一瞬思いました。常連さんによると案の定、これは数カ月前に配管とともに修繕されたそうです。なおその際、入浴料が200円から300円に上がったとのこと。
ところでお湯は聞いていたとおりめちゃくちゃ熱く、やけどしそうなレベル。とても入れたものではありません。

湯船 - 1.jpeg

常連さんが「今日は熱い方だ」と言って、掛け流しの温泉の蛇口の横にある水道水の栓を捻って水を出してくれました。私を含めた3人は、しばらく湯船の淵に手をかけたまま、温泉の温度が下がるのを待ちます。3分ほど経ってから、常連さんの一人がやおら湯船へ。しかしこの時でも私にはまだ相当熱くてとても無理。それからさらに数分後、ようやく入ることができました。

掛け流しの温泉の蛇口 - 1.jpeg

そうこうしているうちに、もう一人入ってこられます。話しかけてみたら長崎から来られたそうで、「島原は分かりますか?」と聞かれました。私は『橘湾岸スーパーマラニック』で島原あたりは何度も走ったことがあるのでその話をしたら、「自分は原城の近くです」とのこと。原城はマラニックのチェックポイントだったのでマラニックで4回立ち寄り、また旅行でも1回行ったことを伝えたらびっくりされました。
なおご本人は今回、NHKの「ばけばけ」を視て山陰に興味がわき、車でやってきたそうです。この日は松江に泊まり、翌日は出雲大社へ行く予定とのことでした。寿湯のことは、やはりネットで知ったそうです。

[橘湾岸SPマラニックの原城エイド(2015年11月22日)]
原城址エイド(2015年11月15日) - 1.jpeg

二人の常連さんと長崎の方が帰られてからも、私は残って湯船に浸かったり上がったり。また、浴室や脱衣所の写真も撮ったりして、かなりの時間をここで過ごしました。
ようやく帰ることにして外へ出たところ、私と入れ替わるように都会風な中年のペアが「ここじゃないかなあ」と言いながらやって来ました。この人たちもたぶんネットの情報を見て来たのでしょう。こうした昭和レトロの風情を求める人たちがいる限り、たとえ「ゲロ渋系の公衆浴場」などと揶揄されようとも、この路地裏の隠し湯は永遠に不滅なのだと思いました。

明日もあります - 1.jpeg


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2025年12月17日

第4回東郷池ぐるりんRUN(その1:スタッフ参加)


12月13日(土)は、湯梨浜町で行われた『第4回東郷池ぐるりんRUN』にスタッフとして参加しました。
このイベントは走友のsappanさんの主催で、周囲約11.5キロある東郷池を一周するもの。今年6月の第1回、7月の第2回、9月の第3回は『東郷池一周練習会』の名称でしたが、第4回目となる今回は見出しの大会名に改称されて行われました。

[モニュメント『羽衣天女』と東郷池]
モニュメント『羽衣天女』と東郷池 - 1.jpeg

1回目にはランナーとして参加したもののその後に腰を悪くした私は、7月と9月はそれぞれ交通指導員として動員要請がある「皆生トライアスロン」と「西伯郡駅伝競走大会」が重なったために、関わっていません。
今回も1か月前にsappanさんからお誘いがあったのですが、まだ走れる腰ではなく、またこの日は午前中に仕事の予定が入っていたのでお手伝いもできないはずでした。しかし、これが2日前にキャンセルされたので急遽ボラを申し出たところ、写真撮影を任されたというものです。

[湖畔の樹]
湖畔の樹 - 1.jpeg

さて、当日は受付開始が午前6時でスタートは7時でしたが、日の出の時刻は7時7分。ランナーは暗闇の中で、ひっそりと受付を済ませます。ちなみにこれは決して秘密のイベントではなく、情報はFBで公開されており誰でも参加可能なのですが、あまり知られていないようで今回のエントリーは少数精鋭の8名。ちなみにスタッフも同数の8人でした。

受付 - 1.jpeg

夜が白白と明けてきたのはスタート直前。スタートラインの前に集まったランナーさんをsappanさんが一人ひとり紹介し、予定を3分過ぎてのスタートとなります。

スタート前 - 1.jpeg

ランナーたちは会場のめぐみの湯公園の歩道から湖畔に沿い、曇り空の下を反時計回りに走り出しました。

走り出す - 1.jpeg

私はやおら車に乗り込み、コースへ。まずは中国庭園「燕趙園」の前の横断橋をバックにして、ランナーの勇姿を撮ります。

「燕趙園」の前 - 1.jpeg

最終ランナーと後尾車が通過すると、次は松崎駅の少し先へ移動。湖岸の土手で待ち受け、やってくるランナーを激写。

湖岸の土手 - 1.jpeg

この後は湖の東側へ向かい、このコースで最も標高が高い出雲山展望駐車場に車を駐めると、歩道に出てランナーを待ちます。

出雲山展望駐車場 - 1.jpeg

しばらく待っていると、ランナーたちが長い上り坂を駆け上がってきました。きっと苦しいはずですが、その多くは「ファイト!」の掛け声に笑顔を返してくれました。

笑顔を返す - 1.jpeg

坂を下り切ったところでさらに一部のランナーを撮りましたが、その後のコースの残り半分では撮影をせず、一気にゴールへ向かいます。実は、トップのシンゴさんが飛び抜けて早かったため、ここまでのコース上では2位を走っていたノリユキさん以降のランナーしか撮れていなかったのです。せめて1枚はシンゴさんの疾走する姿を納めておこうと思ってゴールへ直行したという訳です。しかし私がゴールへ帰った時、彼はすでにゴールをすませて車の中で休んでいました。記録はなんと43分50秒で、2位に11分の大差をつけるダントツのトップだったようです。それにしても早過ぎ(汗)
ということで、写真係の役目をコンプリートできなかった私ですが、シンゴさんを除くランナーさんたちのゴール写真はしっかり撮らせていただきました。

ゴール写真 - 1.jpeg

なお、会場で目をひいていたのは、スタッフのカツオさんが作ってくれていたおでんの大鍋。私も選手たちと一緒にこれをいただき、お代わりまでしました。

大鍋でおでん - 1.jpeg

この他にも、炭火であぶったマシュマロにコーヒーやお茶やなども振る舞われており、ランナーからは「参加費500円でこんなにいたれり尽せりの大会はない」との声が。しかしボラ参加で1円も支払っていない私は、「タダでこんなにいたれり尽せりの大会はない」と、皆さんには聞こえないほど小さな声でそっと呟いたのであります。

マシュマロ - 1.jpeg

コーヒーやお茶 - 1.jpeg

ということで、午前8時40分には解散となり、このイベントにおける私のミッションは終了。しかし実は、このまますんなりと帰路についた訳ではなく、アフターがあったのです。その話は、また後日ということで。



★「その2」へ続く → http://t-tono.seesaa.net/article/519503777.html



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posted by との at 00:27| 鳥取 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 非日常的な日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月10日

「年末の交通安全運動」と「防犯特別警戒」の出発式



12月9日(火)は、県中部の琴浦町にある琴浦大山警察署で「年末の交通安全運動」と「防犯特別警戒」の出発式が行われました。参加者は警察官、交通安全協会役員、交通安全指導員、防犯パトロール隊員などで、交通安全指導員の私も依頼により出席したものです。

[琴浦大山警察署]
琴浦大山警察署 - 1.jpeg

会場では、この警察署のマスコットキャラクターで住民の安全と安心を守る正義のヒーロー「なし奉行」が、私たちを迎えてくれました。

なし奉行 - 1.jpeg

この日は天気が良くて空気も澄んでおり、会場の警察署の3階からは大山がクリアに望めます。式が始まる前の待ち時間にこれを眺めていたら、大山町から一緒に参加していた交通安全指導員で私の同級生でもあるY君がそばにやってきました。彼とは、時々ですが一緒に山に登る仲です。
Y君が、「大山の手前の山は、何ていう山?」と聞いてきたので、「あれは船上山」と答えると、「じゃあ、その左にあるのが矢筈ヶ山だね」と確認してきます。私は、「そうそう。船上山からは、ゴジラの背を通って甲ヶ山と矢筈へ続くよ」と言ったところ、「矢筈にはまだ登ったことがないので今年は行こうと思っていたけど、機会がなかった」とのこと。どのルートで行くつもりか聞いたところ、香取から中国自然歩道へ入り、大休峠を経て矢筈を目指すつもりだったそうです。来シーズンに案内してあげようと思いました。

3階から大山を望む - 1.jpeg

ところでこの位置からだと、西部の方から眺めている大山とは周囲の山々の配置が違うので、私も彼もその位置関係がよくわからず、大山の右の方に並んでいる3つの山はなんだろうという話になりました。
右端は孝霊山で、左にあるのが香取の鍔抜山(つばぬきやま)だろうと思いましたが、真ん中の山がわかりません。後で考えたら鈑戸山(たたらどやま)のように思われますが、なぜか地元からはあまり見た覚えがなく意識にない山なので、その存在すら忘れていた私です。

3つの山 - 1.jpeg

さて式では始めに、一日警察署長に任命された書道家の山田美鈴さんが挨拶。これに続いて、地元の保育園児から各所属の代表者へ激励のメッセージと手作りのメダルが贈られました。

[一日警察署長の山田美鈴さん(右)]
一日警察署長の山田美鈴さん - 1.jpeg

[メダルの贈呈]
メダルの贈呈 - 1.jpeg

引き続いて交通安全講習があり、横断歩道の渡り方などの話を園児たちと一緒に聞きます。女性署員の腹話術による講習でしたがとても上手で、園児たちは署員の話に引き込まれて聞き入り、元気よく手を挙げて質問に答える光景が印象的でした。

腹話術による講習 - 1.jpeg

それが終わると警察署の玄関前に移動し、山田署長の「出動!」の号令一下、警察のパトカーや私たちの乗る白黒ツートンカラーの交通安全指導車、青色防犯パトロールの車輌は隊列を組み、師走の街へと繰り出していきました。

車輌は師走の街へ - 1.jpeg

出発 - 1.jpeg

年末の慌ただしい時期ですが、くれぐれも交通事故や特殊詐欺などの犯罪、事件に会わないよう気をつけて過ごしたいものです。

[なし奉行瓦版]
なし奉行瓦版 - 1.jpeg




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posted by との at 20:40| 鳥取 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 非日常的な日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月06日

脱腸で入院していました



11月29日(土)から12月5日(金)までの1週間、手術を受けるために山陰労災病院に入院していました。今まで何度も入院している私ですが、今回は「鼠径(そけい)ヘルニア」。いわゆる脱腸というやつです。
手術は細い管の先にカメラが付いた腹腔鏡を使い、筋膜の弱い部分の内側にポリプロピレン製のメッシュを入れて補強するもの。いわば脱腸の穴にパッチを当てるイメージで、切ったり縫ったりはしません。

[手術のイメージ(病院でもらったパンフから借用)
腹腔鏡手術 - 1.jpeg

ところで経緯ですが、実は1年くらい前に腹部の左下が少し盛り上がっていることに気づき、かかりつけの診療所を受診。その時に鼠径ヘルニアとの診断を受けましたが、痛みもないことから様子を見ることにしました。ところが今年の10月下旬から、今度は右足の付け根も同じようなことになり、しかもこちらは痛みがあって日毎に増してくる感じです。そのためあらためて診療所を受診。紹介された山陰労災病院を11月14日に受診したところ、手術の判断となったものです。
なお、全身麻酔で受ける手術は高校生の時の盲腸、2016年の顎の骨髄炎、2023年の心臓アブレーション手術に続き、今回が4回目となります。ちなみに部分麻酔の入院手術も半月板損傷と踵の骨折で経験していますし、20代の時に内臓の病気で2回入院した前科も加えれば、人生8回目の入院。ついでに言えば、この他に入院を伴わない骨折やヒビも5回やっています。決して自慢になりませんが、患者としてはすでに“ベテランの域”に達している私なので、「煮るなり焼くなり好きにしてくれ」と、この身を任せたというものです。

[山陰労災病院]
山陰労災病院 - 1.jpeg

ということで、今回の入院生活を日記風にまとめてみます。

11月29日(土):入院初日
午後に奥方の運転で労災病院へ。土曜日なので玄関は閉じられており、建物の横にある救急外来の入り口から入って5階B病棟の詰所へ行きました。看護師さんに案内されて4人部屋へ入り、病衣に着替えてこの日の用事は終わり。病棟の廊下を東端まで行きしばらく大山を眺めた後は、ベッドでゴロリと横になり入院生活のスタートを切りました。

部屋案内 - 1.jpeg

病窓から - 1.jpeg

大山1 - 1.jpeg

11月30日(日):2日目
朝と夕刻に体温と血圧の測定がありましたが、他に何もなにもすることがありません。日曜日で誰もいない1階の廊下を行ったり来たりと、スローペースのウォーキング。時期なのでクリスマスツリーも飾られており、なんだかホテルみたいです。

院内案内 - 1.jpeg

廊下 - 1.jpeg

クリスマスツリー - 1.jpeg

12月1日(月):3日目
手術当日となりました。前日の午後8時半から絶食で、この日の午前8時半以降は水分もとれません。午前12時30分に手術室に入り、手術台に乗せられた私はまさに「まな板の上の鯉」。麻酔のマスクを装着され、ガスが出始めた時のセメダインのような異臭と瞬時にラリってきた感覚は覚えていますが、それから10秒もたたないうちに意識が遠のいていきました。

「とのさん、終わりましたよ。とのさん・・・」という看護師さん声に目覚めたのは午後3時半。「生きてますね」と言ったら、「生きてますよ」と返ってきました。

[手術を終えて病室へ]
手術を終えて病室へ - 1.jpeg

12月2日(火):4日目
前夜から歩行の許可は出ていたので、朝食を食べ終わるとおぼつかない足取りで1階にある売店へ。朝日新聞とドリップコーヒーを買い、5階のデイルームへ持ち帰ります。山は越したので、あとは文字通りの日にち薬。眼下に皆生温泉の風景を眺めながら、ホッと一息つきました。

朝日新聞とドリップコーヒー - 1.jpeg

12月3日(水):5日目
病院の楽しみと言えば3度の食事くらいしかないのですが、私の口にはあまり合いません。味が薄いので、自宅から持ってきていた丸美屋の「すきやき」をご飯にふりかけて塩分を補います。

食事 - 1.jpeg

12月4日(木):6日目

前夜から寒波が入っていましたが、予想に反し市内の積雪はなし。しかし東に望む大山は、麓の方まで白くなっていました。

市内の積雪はなし - 1.jpeg

12月5日(金):7日目
いよいよ退院の日。病棟5階からの大山の眺めも、この日が見納めです。あいにく山体は雲に隠れてほとんど見えませんでしたが、山の上部に太陽が眩しく輝いていました。

大山の眺めも見納め - 1.jpeg

ところで、夏以降は腰の不調で走れていませんが、この間ウォークや登山で体力の維持に努めてきた私です。しかし、11月になってからは脱腸の痛みのため、歩くことも次第にままならなくなりました。そのために登山も含め、ここ3週間ほどは全くトレーニングができておらず、体力ダダ下がりの私。焦りが無いと言えば嘘になります。
病院からもらった冊子によれば、手術の1週間後から座っての仕事がOKで、2週間後はゴルフなどの運動、1か月後には力仕事もして良いようです。とりあえずウォークはぼちぼちと再開しようと思いますが、いすれにしても年内はあまり無理をせず、良い子で過ごさなければいけません。試練の道は続きます。




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posted by との at 23:29| 鳥取 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 非日常的な日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする