さて私はこの後、東郷池をぐるりとウォーキングで完歩しようと思っていました。この日は脱腸の手術から12日目。手術直後から歩行は許可されており、退院後は少しずつ歩いていました。下腹部の微妙な痛みも日毎に軽くなり、ここ数日はほぼ皆無。湖畔を辿るリハビリウォークを企てたというものです。
ところがコースに出る前に、めぐみの湯公園の芝生の上を足慣らしで歩いてみたところ、脱腸の処置をした下腹部ではなく腰のあたりに変な痛みを感じました。大したものではありませんが、ぎっくり腰の“手前の手前”くらいの感じです。2キロや3キロならともかく、11.5キロのウォークはちょっとヤバそう。
[めぐみの湯公園]
そのため予定を変更し、東郷池南の東郷温泉にある「寿湯」へ行くことにしました。そこはキワモノ好きな温泉マニアの間で、「ゲロ渋系の公衆浴場」などと言われている伝説のかけ流し温泉なのです。
実を言うと、ネットでその存在を知った私は昨年6月に、自宅に近いJRの御来屋駅から43キロ走って寿湯へ行きました。ところがなんと、寿湯はその2日前から臨時休業。近所の人の話では、管理している散髪屋さんの店主が体調不良で入院されたためとか。その後、再開されたと風の噂に聞いたので、改めて走ってこようと思っていましたが、今年の夏から続いている腰痛のため、当分その機会を作れそうにありません。もし営業されているならこの際にと、寿湯へ向かうことにしたのです。
[臨時休業の貼り紙(昨年の6月26日撮影)]
ということで、やってきました寿湯。散髪屋さんのサインポールはくるくる回っており、中の様子をガラス越しに伺うと、店主がお客さんの頭髪をカットしている様子が見えました。温泉も営業していることは、間違いないでしょう。
温泉へは、散髪屋さんの建物左側の狭い通路から入っていきます。
狭小な通路の幅を測るために、外寸28センチの私のシューズを置いてみました。目測ですが、その幅は50センチあるかないかという程度。私は痩せぎすなので大丈夫ですが、お相撲さんなら絶対に通れません。
それにしても延長5mほどのこの怪しげな通路は、昭和の時代へ通じるタイムトンネルみたいです。
寿湯は、これを抜けたところの右側。なお、さっきの通路を通れないメタボさんも、こちらからなら入れますのでご安心ください。
入り口は普通のお風呂屋さんのように「男」と「女」に分かれています。営業時間は午前9時からで、この時の時刻が9時20分。開店して間もない時間でした。
番台はありますが、そこに人はいません。
壁の呼び鈴を押すと散髪屋さんが料金を徴収に来られるシステムなのですが、散髪の手が離せないのか押してから1分経っても2分経っても来てくれません。困っているところに地元のお客さんが入って来られ、番台に置かれたガラス瓶を指差して「そこに入れとけばいいぜ」と教えてくれたので、料金の300円を瓶の中へ入れました。
脱衣所もゲロ渋・・・いえいえ、レトロ感がたっぷりです。脱衣中にもう一人来られましたが、さっきのお客さんと知り合いの常連さんのようです。
そしておもむろに浴室へ。ブルーの湯船はネットで見ていたものとは少し印象が異なり、「こんなに綺麗だったかな?」と一瞬思いました。常連さんによると案の定、これは数カ月前に配管とともに修繕されたそうです。なおその際、入浴料が200円から300円に上がったとのこと。
ところでお湯は聞いていたとおりめちゃくちゃ熱く、やけどしそうなレベル。とても入れたものではありません。
常連さんが「今日は熱い方だ」と言って、掛け流しの温泉の蛇口の横にある水道水の栓を捻って水を出してくれました。私を含めた3人は、しばらく湯船の淵に手をかけたまま、温泉の温度が下がるのを待ちます。3分ほど経ってから、常連さんの一人がやおら湯船へ。しかしこの時でも私にはまだ相当熱くてとても無理。それからさらに数分後、ようやく入ることができました。
そうこうしているうちに、もう一人入ってこられます。話しかけてみたら長崎から来られたそうで、「島原は分かりますか?」と聞かれました。私は『橘湾岸スーパーマラニック』で島原あたりは何度も走ったことがあるのでその話をしたら、「自分は原城の近くです」とのこと。原城はマラニックのチェックポイントだったのでマラニックで4回立ち寄り、また旅行でも1回行ったことを伝えたらびっくりされました。
なおご本人は今回、NHKの「ばけばけ」を視て山陰に興味がわき、車でやってきたそうです。この日は松江に泊まり、翌日は出雲大社へ行く予定とのことでした。寿湯のことは、やはりネットで知ったそうです。
[橘湾岸SPマラニックの原城エイド(2015年11月22日)]
二人の常連さんと長崎の方が帰られてからも、私は残って湯船に浸かったり上がったり。また、浴室や脱衣所の写真も撮ったりして、かなりの時間をここで過ごしました。
ようやく帰ることにして外へ出たところ、私と入れ替わるように都会風な中年のペアが「ここじゃないかなあ」と言いながらやって来ました。この人たちもたぶんネットの情報を見て来たのでしょう。こうした昭和レトロの風情を求める人たちがいる限り、たとえ「ゲロ渋系の公衆浴場」などと揶揄されようとも、この路地裏の隠し湯は永遠に不滅なのだと思いました。
★「その1」へ戻る → http://t-tono.seesaa.net/article/519489008.html
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