2017年03月23日

MRIでの診断結果は「走ってよい」


昨年2月に右膝を痛めてから、1年以上たちました。当初は十分曲げることができなかった膝もしだいにほぐれてきたようで、夏頃からは完全に曲がるようになりました。

しかし、微妙な違和感と時折感じる軽い痛みは今もなくなった訳ではなく、急な下りの場面ではまだ足さばきに難があります。このため常に、「このまま悪くなって走れなくなるのではないか?」という不安に付きまとわれてきました。2月19日の「高知龍馬マラソン」と3月12日の「鳥取マラソン」でも完走はしたものの、「どこかしっくりこない」感じがあり、思い切り走ることはできませんでした。

なんとかこの状態から脱したかった私は、定期的に通院している医院でそのことを話し、「手術をして良くなるような可能性はないでしょうか?」と訪ねました。主治医から、「では総合病院へ紹介するので、MRIで精密検査を受けてみますか?」と言われた私は即座に、「お願いします」と答えていました。

労災病院.jpg

そして、3月17日に受けたMRI検査の結果は、「軽微な所見はあるものの手術等の必要はなく、このまま走り続けてもよい」というもの。「軽微な所見」の内容は、機密度の高い個人情報なので公表しませんが(笑)、手術を覚悟していた私は、思わず拍子抜けしてしまいました。

実はすでに2つの医院で、軟骨がすり減る「変形性膝関節症」という診断を受けていたのですが、それについて総合病院のO医師はMRIの画像を見ながら、「言われてみればそうかなあという程度で、ほとんど問題ないですよ」との見解。この一言で、九死に一生を得たように思いました。

ちなみにO医師は、先日の鳥取マラソンを走られたそうです。帰ってからリザルトを見たら、私より1時間も早くゴールしているランナーさんでした。


待合室.jpg

ところで私は、この1年あまりの病状の経過を正確に伝えるため、A4のペーパー1枚にまとめたものを用意し、診断の時に医師へ渡しました。
そしてその末尾には、【当面の大会予定】として、
・5月連休に520キロのウルトラマラソン
・5月下旬に100キロのウルトラマラソン
・6月下旬に100キロのウルトラマラソン
と記していました。
MRIの結果によってはドクターストップがかかることも覚悟で、あえて記載していたものですが、ドクターは、「520キロの大会なんてあるんですね。場所はどこですか?」と聞いてこられました。
「東京から新潟まで、6日間で走る大会です」と答えると、「すごいですね」と笑っていましたが、「やめなさい」とは言われませんでした。
この1年間、常にヒヤヒヤしながらのランでしたが、これで吹っ切れました。決して無理はしませんがヤワヤワと、復活に向けて走り出します。



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posted by との at 23:14| 鳥取 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 非日常的な日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月17日

鳥取マラソン2017




3月12日(日)は、「鳥取マラソン2017」でフルを走ってきました。
この前身である「日本海マラソン大会」の第1回目が開催されたのは1982年。当時20代後半だった私が初めてフルを走り、ボロボロになりながらも完走を果たしたことは、忘れられない思い出です。以降は飛びとびながら、7回か8回出場したと思います。
2008年には、これが「鳥取マラソン」としてリニューアル。コースに清閑な湖山池の周囲をまわる部分が加わり、会場にはそれまではなかったテント村が出現するなど、バリバリ陸協色の大会から市民マラソンらしいものに一新されました。
そして2014年には、再びコースの大幅変更。湖山池周辺はカットされ、スタートが鳥取砂丘沿いのロードからになって、序盤は市民の応援を受けながら市街地を巡ることになります。この影響か、仮装ランナーの姿も多く見られるようになるなど、いっそう華やいだ雰囲気の大会になりました。

沿道の応援.jpg

「鳥取マラソン」となってから10回目の今回は、記念大会という位置づけでの開催でした。
県内唯一のフルマラソン大会でコスパもいいので、私は「鳥取マラソン」となってからは毎回参加しています。
でも本当のことを言えば、自分の中ではやや満腹感が出てきたことと、この時期に出たい大会は他にも幾つかあるので、「今年の鳥取はパスしよう」と思っていました。ところが募集にあたり、「10回連続出場者には特別なナンバーカードを贈呈」とのアナウンス。普通の人は「それがどうした」と一笑に付されるだけでしょうが、“特別”には特別弱い私にとって、これはエントリーに踏み切る決定的な要因となりえるものでした。

ナンバー1026(中).jpg

ということで、黒地に金文字の記念ナンバーカードをありがたくいただいた私は、今年も揚々としてスタートラインに立ったというものです。ちなみに、10回連続出場者は75人。エントリー総数が4,063人なので、全体のわずか1.8%という希少種ではあります。
なお私の場合、この大会では鳥取県のゆるキャラであるトリピーをあしらった「トリピーキャップ」をかぶって走るのがお約束。黒いナンバーカードとトリピーキャップという怪しいスタイルで固めた私にとって、今年の大会はまさに「参加することに意義がある」というべきものなのです。



トリピーキャップ.jpg

この日は晴天で比較的暖かく、開会セレモニーがおこなわれた特設ステージの先に広がる、日本海の青い水面が印象的でした。

開会式.jpg

さて私は、今回の目標タイムを4時間15分としました。3週間前の「高知龍馬マラソン」では4時間29分というさえない結果だったので、本当は「サブ4」と言いたいところでした。しかし、高知以降も走り込み不足は相変らずで、30分の短縮はどう考えても無理そう。ということで、高知よりもせめて15分くらいは縮めたいということでの“願望タイム”を、ちゃっかりと目標タイムに置き換えただけのものです。

スタートは午前9時。出走した3,484人のランナーに混じり、私は砂浜を右手前方に見ながら、ゆっくりひっそり走りはじめました。


スタート直後.jpg

市街地の道路も完全に交通規制がかかっており、ランナーの独壇場です。

市街地を走る.jpg

県庁近くでは、スポーツ少年団のメンバーらしき子ども達が、ハイタッチで応援してくれました。

スポ小の応援.jpg

郊外に出てからは、しばらく袋川沿いを走ります。こんな長閑な風景が好きな私ですが、足取りもかなり落ち着いたもの。キロ6分くらいで走ろうと目論んでいましたが、じわじわと遅れはじめます。

袋川沿いを走る.jpg

中間点の通過タイムは2時間11分。後半はどうしてもピッチが落ちるので、この調子ではゴールは4時15分どころか、4間半さえ危うい感じです。これを「まあいいか」とすんなり受け入る、とっても素直な私でありました。

中間点.jpg

24キロ地点のエイドで、鳥取県産「きぬむすめ」のおにぎりと砂丘らっきょうをいただきました。

きぬむすめとらっきょう.jpg

これでちょっとだけパワーを回復し、前を行く梨のかぶり物をつけたランナーさんを追い抜くことができました。

梨さん.jpg

梨さんを抜き去った時から、「梨が食べたいなあ」と思っていたところ、30キロ地点のエイドにこれが用意されていました。ありがたや、ありがたや。

「梨のパワーでGo!」と心の中で叫んだものの、残念ながら湧いてくるパワーはもはや“なし”。以後は、完全に消化試合の様相です。

梨を食べる.jpg

残り5キロのところで小さな小山を越えます。タイムはすでに4時間7分と、厳しい現実を知ることになります。

あと5キロ.jpg

終盤は、歩いているランナーも少なくありません。それでも私はゆっくりながら、ゴールまで走り続ける意地を失うことはありませんでした。

もうすぐゴール.jpg

そしてゴール。タイムは目標より30分以上遅いものでしたが、いいのです。だって私にとって今回の鳥取マラソンは、「参加することに意義がある」大会だったのですから。

ゴール.jpg
 

そう言えば沿道からただ一度だけ、「トリピー、10回出場おめでとう!」という掛け声をいただきました。とっても嬉しかったです。


(私の記録)

グロスタイム 4時間46分49秒
ネットタイム 4時間45分49秒
総 合 順 位  1555位/3186人(一般男子/エントリー数)
部 門 順 位   103位/ 283人(一般男子60歳代/エントリー数)



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タグ:フル
posted by との at 10:08| 鳥取 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 走る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする